その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました
「な、なに?」

 ヴァレンタインから手を離しポケットを探ると、彼から預かったメダルが光っているのが袋越しにわかった。

「あれ?」

 薄暗かった部屋に、キラキラした灯りが見えて、そちらを見ると、さっきまでなかったはずの扉が現われた。

「壁? どうして?」

 医師も驚いている。

「あ、もしかして、それが鍵なのかしら」

 しかし夫人は心当たりがあるのか、ベルテたちとは違う反応を見せた。

「鍵? 侯爵夫人、あの向こうには何が?」
 
 ベルテが夫人に尋ねる。

「あそこは息子の作業部屋です。私も一度しか入ったことがありませんけど」
「作業部屋?」
「ええ、隣の部屋に並べてあった木彫りをご覧になりましたか? あれを造っているのです」
「そんなことまでしていたのか」
「あなたがそんなことはやめろとか言うから、この子も隠れてするしかなかったのですわ」
「ベルクトフ侯爵家の嫡男が、職人みたいなことをして、みっともない」
「別に誰に迷惑をかけるわけでもない、健全な趣味ではないですか。賭け事などにうつつを抜かすより、ずっとましですわ」
「黙れ、どちらにしろ隠れてやっているということは、己も恥ずかしい趣味だと思っいるからだろう」
「お父様もお母様もやめてください。意識のないお兄様の側でそんな言い合いをするなんて、ベルテ様が困っています」

 夫婦で言い合いが始まり、それをシャンティエが止めた。二人ははっとしてベルテを見た。

「こ、これは…申し訳ございません」
「お見苦しいところをお見せしましたわ」

 二人は恥じ入って気まずそうに咳払いをする。
 しかし両親が枕元で騒がしく言い合いをしていても、ヴァレンタインはさっきほど反応はしない。

「お父様はお兄様に厳しくし過ぎです。お兄様だって息抜きが必要なんです。ことあるごとにそうやってこうあるべきだとか、これはベルクトフ侯爵家の後継者として相応しくないとかおっしゃって」
「何を言う。私もそうやってお前達のお祖父様に育てられた。男なら多少厳しくして当然だ」
「そうやってあなたは」
「あ、あの」

 今度は三人で言い合いが始まる。
 
「すみません。あの、これ、さっきから変なのですけど」
 
 そこへベルテが割って入った。
 手に持ったヴァレンタインのメダルが、明転し始めたからだ。それに伴い扉のほうからも何かの光が漏れている。扉の向こうにある何かがメダルと呼応しているようだ。

「まあ、何でしょうか」
「ベルテ様、そのメダルを扉に当ててみてもらえませんか?」

 それまで黙っていた医師が、ベルテに提案する。

「え、でも…」
「もしかしたら、ヴァレンタイン様の魔力を持った魔導具があるかもしれません」
「魔導具が?」

 全員がベルテの手にあるヴァレンタインのメダルと扉を見比べる。

「でも、私が開けていいのですか?」

 ヴァレンタインが魔法で封印していた扉だ。そこへ立ち入るということは、彼の個人的な領域を踏み荒らすことにならないだろうか。
 ベルテは未だ目覚めないヴァレンタインの顔を見下ろす。

「治療のためです。致し方なかったと私も説明します」

 医師が躊躇うベルテにそう告げる。

「そうですわ。本人が意識がないのですから、家族の私達が了承したと言えば、この子も怒らないでしょう」
「そうです。ベルテ様。兄のために、よろしくお願いします」
「だったら、侯爵が」

 ベルテは侯爵にメダルを渡そうとする。

「いえ、息子があなたに渡したのなら、それはベルテ様がやってください」

 侯爵がそう言えば、他の二人も同意して頷く。

「お願いします。ベルテ様」

 もう一度医師がベルテに懇願し、ベルテは皆の頼みを聞くことにした。

(でも、メダルだけで開くのかしら。何も起らないかも)

 そう思いながら、ベルテはメダルを扉に翳した。

 カチャリ

 鍵が外れる音がして、ギイッと軋みながら扉が内側から開いた。

 ベルテは慎重に足を進め、開いた扉から中を覗き込み、そしてそこにあるものを見て驚いた。

「!!!!!」
「ベルテ様、どうされたのですか?」

 扉の前で中を見て立ち尽くすベルテを見て、心配になったシャンティエが彼女のすぐ側まで歩いて来た。

「まあ」

 シャンティエも目に飛び込んできた部屋の様子に、驚きの声を発する。

 作業部屋らしく、そこには材料となる木材が積まれていて、中央には作業をするための分厚い板の広い机が置かれている。
 その上には色々な種類の彫刻刀が整然と並べられていて、彼の几帳面さが窺える。
 しかしベルテとシャンティエが驚いたのは、殆ど完成間近かの造りかけの作品だった。

 ベルテが学園長から譲られたものや、先ほど見た馬より何倍も大きいそれは、間違いなくベルテだった。
< 62 / 66 >

この作品をシェア

pagetop