その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました

エピローグ

 ゴツンと音がして、二人で額を抑えた。

「ベルテ様」
「ヴァル」

 皆で額を抑えあう二人に駆け寄った。

「す、すみません。私、そんなつもりでは」

 自分が押したからだとシャンティエがあたふたと謝った。

「だ、大丈夫です」
「ああ、お陰ですっかり目が覚めたよ」

 ベルテが一歩下がって、ヴァレンタインがむくりと上半身を起こした。

「本当に、ベルテ様なのですね。夢や幻ではなく。いや、こんなに痛かったんだから、夢ではないな」

 ぶつぶつと呟いて、ヴァレンタインは目の前にいるベルテが現実であることを受け入れた。

「どうして…私のお見舞いに?」
「ディ、ディランが…私をここに…」
「ディラン殿下が?」

 ヴァレンタインが問い返し、ベルテはこくりと頷いた。

「その格好は…学園からの帰りだったのですか?」
「そ、そう…」

 アレッサンドロ達に連れ去られて酷い目に合うところだったと言おうとして、ここで言うべきかどうか迷った。

「何かあったのですか?」

 言うのを迷っているベルテの様子にヴァレンタインが聞く。

「べ、別に…」

 彼の勘の良さにぎくりとする。

「ありがとうございます」

 ヴァレンタインは心底嬉しそうに微笑んだ。

「ところでお兄様、あの部屋にあるのって、ベルテ様ですよね」

 シャンティエが二人の間に割って入ってきた。

「シャンティエ…見たのですか?」

 ヴァレンタインは見る間に真っ赤になった。

「は、はい。ごめんなさい」

 彼の秘密にしていた場所に踏み込んだことを、ベルテは謝った。

「い、いえ…お粗末なものを…あ、いえ、けっしてベルテ様がお粗末とか、そういう意味では」

 見られたことにすっかり彼は動転している。そんな彼を見るのは初めてのことだった。

「すみません。私があの中に、あなたの魔力が籠もった魔導具があるのではと言って、無理に開けていただきました」

 医師が必要に迫られたことだからと説明する。

「魔導具? あの部屋にはそんなものは…まさか」
「はい。ベルテ様の胸像に、あなたの魔力が籠められていていました。それがあったから、今こうして目を覚まされたのです」
「ベルテ様の…」」
「心を籠めて造った作品には、魂と共に魔力が宿りますから。モデルに対する深い愛情のお陰ですね」
「あ、あい…」

 医師の言葉にベルテが赤くなる。
 
「ばれてしまいましたか」

 観念したかのように、ヴァレンタインは深いため息を吐いた。

「どうして、言ってくれなかったのですか?」

 責めたような言い方になった。

「何となく言い出しにくくて…ベルテ様が私との婚約に戸惑われているのはわかっていました。でもそこにそれは私が造ったものですと言えば、何だかずるをしたような気持ちになって」
「ずる?」
「でも一番はベルテ様に嫌われたくなくて」
「へ?」

 変な声を出したベルテを、伏せていた睫の奥から、紫色の瞳がじっと見つめてくる。

「好きな女性に、好きになってほしい。でも、本当の私は内に籠もって背中を丸めて彫刻刀で木を削ることが好きな根暗な人間なんです」
「べ、別に、私は人の趣味をどうこう言うことは」
「そうですね。ベルテ様はそういう方です。わかっているのに、つい」

 何だかうじうじとして、いつもの彼とは雰囲気が違う。これが「白薔薇の君」と呼ばれているヴァレンタイン・ベルクトフなのだろうか。
 聞こえてくる彼の評判だけで、勝手に彼がどんな人間か決めつけていた自分に気づき、ベルテは何だか目が覚めた思いがした。

「あの胸像が完成したら、何もかも打ち明けようと思っていたのですが。その前にばれてしまいました。騙すつもりはなかったのですが、黙っていてすみません」

 ヴァレンタインが頭を下げて謝った。

「そんな、騙していたとか、そんな風に思う必要は…」
「ベルテ様、兄のこと、誤解しないでください」
「そうですわ。息子は悪い人間ではありません。ベルテ様のことを、本当に想っているのです」
「不甲斐ない息子でお恥ずかしい」
「そんな…わ、私は」

 四人からよってたかって謝られても、ベルテはどうすればいいかわからない。
 実は好きだった作品の作者がヴァレンタインだったと知って、喜ぶべきか。それとも黙っていたことを怒るべきか。少なくとも悪意があったのではない。

「う…」

 その時ヴァレンタインの体が大きく揺らいで、彼は枕に頭を戻した。

「大丈夫ですか?」

 慌てて医師がヴァレンタインに駆け寄った。

「魔力が戻ったとは言え、まだ半分しか戻っていません。もう少し安静が必要です」

 結局その日は、目が覚めたばかりだから、患者を安静にという医師の言葉で、ベルテはベルクトフ家の馬車で王宮に戻った。
 
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