全治三ヵ月
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「パスタ皿一枚!それから二番テーブルに二名お願い!」
「はぁい!」
調理場で慌ただしくパスタを炒めている悠の背後から皿を手渡し、店内に入ってきたサラリーマン二名をテーブルに案内する。
にんにくの香り。
フライパンの上で肉と野菜が踊る音。
パスタを茹でる大鍋から立ち上る白い湯気。
平日の店内。
お昼間のいつもの風景。
都内のオフィス街にある築三十年ほどの雑居ビルの二階に、私たち二人の店はある。
厨房の前には5人掛けのカウンター、そしてテーブル席が四つの小さな店内は今日も満席で、外の階段にはまだ数名が並んでいた。
昼はパスタランチがメイン、夜はワインと悠が考案した創作イタリアンが味わえるこの界隈では人気店の一つだ。
イタリアンカフェ『con te』を構えたのは丁度5年前。
私、御崎 智が、二十三歳で、塩見 悠が二十八歳の時。
二人の出会いは更にその三年前、彼が調理師として働いていたホテルのレストランに、私がアルバイトとして入ったのがきっかけ。
悠は若手ながら、料理長にその腕をかわれ、副料理長さながらに調理場を任されていた。
フライパンで野菜を炒めながらも、調理場を明るく盛り上げてくれる彼は皆の人気者。
悠みたいなタイプの人をカリスマ性のある人というのだろうか。
何をしても注目を浴びる彼は当然女性からよくモテたし、男性と付き合った経験もない学生の私もすぐに彼に夢中になった。
悠の部屋に転がり込むまでにそう時間もかからなかったと思う。ほぼ、押し掛け女房的な感じだったけれど。
部屋で悠と二人で店を持つという夢を語り合い、キスをして、抱き合って、こんな幸せな時間があるのかと思う毎日。
私が大学を卒業した日、私は彼と籍を入れない結婚をした。
いわゆる「事実婚」。
両親には反対されたけど、いつか二人の店が軌道に乗り、子供ができたら籍を入れることを条件になんとか許してもらった……。
今では、サラリーマンはもちろんのこと、遠方からわざわざ足を運んでくれるお客も増え、店の経営も上々。
オープン当時は閑古鳥がなく日が続いていたけれど、二人でいつも一緒にいられることが何よりも幸せな時間だった。
店の売り上げが伸びていく一方で、いつの間にか日々の忙しさに幸せという感覚が私の中で鈍ってきたことは否めない。
彼との関係が、恋人や伴侶ではなく仕事仲間に変わっていくことは覚悟していたはずなのに、
夢の先にあった籍を入れるという約束はいつ果たされるのか?
果たされなくても、別にこのままでもいいんじゃないかって……ふと思ってしまう自分に実は一番不安を感じている。
たくさんの人が笑顔で食べてくれるのを見るのは楽しいし、料理を作る悠のそばで働くことも大好きなのに。
だけど、かつてとは違ってきた二人の関係が突然バランスを崩し、取り返しのつかない事態を起こすんじゃないかっていう思いが、時々私の胸の奥に沸き上がる。
悠はどう思ってるんだろう。
二人のこれからのこと。
最近の私たち二人の会話には、仕事以外の話題はほどんどでない。
ゆで上がったパスタを手早くフライパンにうつした彼の横顔が、膨れ上がった蒸気で一瞬見えなくなる。
小さくため息をつくと、二番テーブルに注文をとりに向かった。
「はぁい!」
調理場で慌ただしくパスタを炒めている悠の背後から皿を手渡し、店内に入ってきたサラリーマン二名をテーブルに案内する。
にんにくの香り。
フライパンの上で肉と野菜が踊る音。
パスタを茹でる大鍋から立ち上る白い湯気。
平日の店内。
お昼間のいつもの風景。
都内のオフィス街にある築三十年ほどの雑居ビルの二階に、私たち二人の店はある。
厨房の前には5人掛けのカウンター、そしてテーブル席が四つの小さな店内は今日も満席で、外の階段にはまだ数名が並んでいた。
昼はパスタランチがメイン、夜はワインと悠が考案した創作イタリアンが味わえるこの界隈では人気店の一つだ。
イタリアンカフェ『con te』を構えたのは丁度5年前。
私、御崎 智が、二十三歳で、塩見 悠が二十八歳の時。
二人の出会いは更にその三年前、彼が調理師として働いていたホテルのレストランに、私がアルバイトとして入ったのがきっかけ。
悠は若手ながら、料理長にその腕をかわれ、副料理長さながらに調理場を任されていた。
フライパンで野菜を炒めながらも、調理場を明るく盛り上げてくれる彼は皆の人気者。
悠みたいなタイプの人をカリスマ性のある人というのだろうか。
何をしても注目を浴びる彼は当然女性からよくモテたし、男性と付き合った経験もない学生の私もすぐに彼に夢中になった。
悠の部屋に転がり込むまでにそう時間もかからなかったと思う。ほぼ、押し掛け女房的な感じだったけれど。
部屋で悠と二人で店を持つという夢を語り合い、キスをして、抱き合って、こんな幸せな時間があるのかと思う毎日。
私が大学を卒業した日、私は彼と籍を入れない結婚をした。
いわゆる「事実婚」。
両親には反対されたけど、いつか二人の店が軌道に乗り、子供ができたら籍を入れることを条件になんとか許してもらった……。
今では、サラリーマンはもちろんのこと、遠方からわざわざ足を運んでくれるお客も増え、店の経営も上々。
オープン当時は閑古鳥がなく日が続いていたけれど、二人でいつも一緒にいられることが何よりも幸せな時間だった。
店の売り上げが伸びていく一方で、いつの間にか日々の忙しさに幸せという感覚が私の中で鈍ってきたことは否めない。
彼との関係が、恋人や伴侶ではなく仕事仲間に変わっていくことは覚悟していたはずなのに、
夢の先にあった籍を入れるという約束はいつ果たされるのか?
果たされなくても、別にこのままでもいいんじゃないかって……ふと思ってしまう自分に実は一番不安を感じている。
たくさんの人が笑顔で食べてくれるのを見るのは楽しいし、料理を作る悠のそばで働くことも大好きなのに。
だけど、かつてとは違ってきた二人の関係が突然バランスを崩し、取り返しのつかない事態を起こすんじゃないかっていう思いが、時々私の胸の奥に沸き上がる。
悠はどう思ってるんだろう。
二人のこれからのこと。
最近の私たち二人の会話には、仕事以外の話題はほどんどでない。
ゆで上がったパスタを手早くフライパンにうつした彼の横顔が、膨れ上がった蒸気で一瞬見えなくなる。
小さくため息をつくと、二番テーブルに注文をとりに向かった。
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