全治三ヵ月
「実は、明日急な出張が入ってね。新幹線の切符の手配お願いしたい。それと……」

部長の話をメモを取りながら聞く。

「御崎さんは、お店をやっているからきっとお酒のこととか詳しいよね?」

「ええ、一般の方よりは詳しいと思いますが」

「実は今回のお相手さんがとてもお酒好きなんだ。よかったから僕の出張に同行して、商談の後の食事会に付き合ってもらえないかな?僕はそこまでお酒に詳しくなくてね。無理強いではないけれど、御崎さんが一緒にいてくれたら心強いんだが」

島崎部長の誘いはとても自然で、いやらしさも圧迫感もなかった。ただ、今まで同行した出張先より、ほんの少し遠い。帰りもきっと遅くなるだろう。

少しだけ考えてから、心配そうな目で私の返事を待っている部長に答えた。

「はい、私でよろしければ是非」

「よかった。じゃ、また詳しいスケジュールは後で渡すよ。明日の帰りは少し遅くなるかもしれないが、いいかい?」

「はい、大丈夫です」

なんて調子よく言ってるけれど、悠には謝っとかなくちゃね。レンジで温めればいいだけの夕食も今日中に作っておこう。

それ以上に、胸の奥がホクホクしている。

島崎部長と遠方の出張に同行だなんて!

悠には、出張とは言わず、夜、職場の飲み会があるから遅くなると伝えた。

半分は本当で半分は嘘。

人は一つ嘘をつくと、その嘘からまた一つ、また一つと嘘が連なっていく。

心の中でこれじゃだめだと思いつつも、島崎部長との出張に気持ちは浮き立っていた。



新幹線で都内を抜けると、緑の多い景色が流れていく。

こんなに都内を飛び出して遠くに来たのはいつ以来だろう。

悠と二人、毎日必死に働いて、旅行なんて気が付けばここ数年していなかったっけ。

緑に包まれた空気は都会のそれとはまったく違う。

全身が浄化されていくような感覚を久しぶりに味わった。

商談は、以前から好にしている酒蔵の社長だった。

「いやー、島崎くん。こんなところまでわざわざすまないね」

「いえ、すっかりご無沙汰して申し訳ありません。富山社長」

「君も今や物流本部を統括する立場になったらしいね。将来は社長にでもなるつもりかい?」

島崎部長は苦笑しながらも、酒蔵の社長に敬意を表した態度で接しているのがわかる。

行きの新幹線の中で、まだ新人の頃、営業でお世話になった社長だと聞いていた。
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