全治三ヵ月
悠が食べ終えた皿を洗うと、自分のコーヒーを淹れ椅子に腰かけた。
初夏の風が好きで、6月のこの季節、いつもベランダは網戸にしている。
キラキラした光と一緒に涼やかな風が白いカーテンを揺らしていた。
「お母さんからLINEがあって、おばあちゃんの調子があまりよくないって」
「う……ぁん?」
彼の半分寝ぼけた声。
「……おばあちゃんがどうしたって?」
ソファーからまったりとした口調で尋ねてくる。
「先月風邪拗らせてから入院してるおばあちゃん、最近全然食欲がなくて調子が悪いみたい」
「あー、そうなんだ。心配だな」
「うん」
コーヒーを一口含み、テーブルの上に静かに置いた。
小さい頃から、どんな時でも私の味方をしてくれる祖母が大好きだった。
母と喧嘩した時も、友達とうまくいかなかった時も、大学の第一志望に落ちた時も、いつだって私のそばに寄り添ってくれた。
そして、悠と一緒に暮らすと決めた時も、両親は猛反対だったけれど「それもいいんじゃない?智ちゃんが幸せだったら」って。
悠と一緒になってからは、忙しくてあまり祖母とも会わなくなっていった。
八十歳の誕生日を迎えた祖母に年明けに会った時、ふくよかなまるっこい体が随分小さく見えたっけ。
なぜだか胸が苦しくなって、帰りの電車で一人泣いた。
「今日、お見舞いに行ってこようと思うんだけど」
「うん、そうだね」
うん、そうだね、の言葉の向うにある彼の心の声に耳をそばだてる。
「悠は、疲れてるから休んでて。今日はとりあえず私一人で様子見てくるから。久しぶりに実家にも顔出したいし」
「悪いな。また今度一緒に行くよ。ご両親にもよろしくな」
「うん」
私は立ち上がり、飲み終えたコーヒーカップを流しに置いた。
未だに悠と両親とは折り合いが悪い。
事実婚っていう状況にやはり納得がいかないと、母からの愚痴をよく聞いていた。
最近買った白いTシャツの上からモスグリーンのカーディガンを羽織り、ジーンズを履く。
家の鍵をポケットに詰め込み、悠の方に顔を向けた。
「いってくるね」
「いってらっしゃい。久しぶりだしゆっくりしてこいよ。俺は晩飯も適当にしとくから」
「うん、ありがとう」
白のスニーカーに足を入れ、玄関の扉を閉めた。