非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「楠木さんは会社からものすごく評価されてるじゃないですか。営業部への異動の打診だってあるし。そんな方が信じられません」

 一毬がうつむいたまま言うと、楠木はしばらく考える様子を見せている。

 そして一毬を下から覗き込むと、にっこりと笑顔になった。


「恋に落ちるのに、理由なんている?」

 恥ずかしげもなく、あっけらかんと言ってのける姿に、一毬は呆気にとられる。

 そんな事を言われたら、もう何も返しようがない。

 黙り込む一毬を見て、楠木は再び笑いながらグラスを傾けた。


「会社の評価は関係ない。僕が評価して欲しいのは、佐倉さんにだけだから。って、ちょっとクサイかな」

 あははと、声を上げて笑う楠木の顔をそっと見上げる。

 楠木はお酒のせいなのか、今日はやけに饒舌だった。


「それに仕事だって……」と話を続ける。

「僕は今のままが良いんだよね。総務ってある意味、会社のなんでも屋みたいな部分があるでしょ? それが逆に会社の全体像を把握するのに役立って、面白いよね」

 そう言って楠木は楽しそうに、運ばれてきた食事に手を伸ばした。
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