非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
 ――把握……?


 楠木の言葉は時々、引っかかるものがある。

 一毬は小さな違和感を覚えつつも、それが何なのかいまいちわからない。


 心の中はモヤモヤとしながらも、勧められるまま前菜を口に運び、あまりのおいしさに目を丸くした。

 さすがグルメ通の楠木が、選んだ店だけはある。

 美味しい料理とおしゃれな場の雰囲気にのまれ、いつしか一毬は時間が経つのも忘れていた。


「僕のせいで遅くなっちゃったね。家まで送るよ」

 楠木はそう言うと、断わる一毬をなだめつつタクシーへと乗り込んだ。

 湊斗の部屋で暮らすようになってから、こんなに遅くに帰るのは初めてだ。

 もしかしたら、湊斗はもう帰っているかも知れない。

 一毬は楠木と食事をしたという後ろめたさと、早く帰りたいという焦る気持ちを抱えたまま、マンションの前でタクシーを停めてもらった。


「今日は、ごちそうさまでした」

 一毬が頭を下げタクシーから降りようとした時、楠木が一毬の手をぐっと握る。

 ドキッとして顔を上げた一毬は、覗き込む楠木の顔を見て、思わずビクッと体を固まらせた。

「社長によろしくね……」

 そう言った楠木の瞳は、鈍く黒ずんで見えた。
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