非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~

もう逃げたくない

「あ、あの……えぇっと……。その、何だったかな……」

 首を傾げる湊斗に顔を覗き込まれ、勢いで飛び出してきた一毬は思わず言葉に詰まり、顔を真っ赤にしてうつむいた。

 湊斗はそんな一毬を見て、ぷっと楽しそうに吹き出す。


 ――こんな大変な時に、私ってば何してるのよ……。


 半ば泣きそうになっている一毬を見て、牧が「あぁ!」と突然声を出した。


「私は、すぐシステム部に寄らなければいけませんので。佐倉さん、社長のお見送りはお任せします」

 牧は湊斗に静かに頭を下げると、風のごとく廊下を去って行く。

「え? 牧さん?」

 一毬が声をかける間もなく、牧の背中はすでに遠くの方だ。


 戸惑って首を傾げる一毬の横で、湊斗がくくっと肩を揺らす様子が映った。

 ここにきて目の前の湊斗に、何と声をかけたらいいのかわからない。

 やがてエレベーターが到着し、一毬はためらいつつも湊斗と共に中へ乗り込んだ。


「さっきはありがとうな。マンションに行くって、言おうとしてただろ?」

 うつむく一毬を気づかってか、湊斗が先に声を出した。
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