非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「じゃあ、行ってくる」

 湊斗は短くそう言うと、一毬に優しいほほ笑みを残してタクシーへと乗り込んだ。


 窓から覗き込んだ湊斗の顔は穏やかだ。

 一毬は思わず窓ガラスに、手のひらをそっとあてる。

 すると湊斗は、その手に合わせるように、ガラス越しに手のひらを重ねた。

 はにかんだような湊斗の笑顔が見え、一毬は顔を真っ赤にすると一歩、歩道へと足を戻す。


 やがて車は静かに発車すると、信号を左折して見えなくなった。

 一毬は重ねた手を胸にあて、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 『もう逃げたくない』

 そう言った時の湊斗の真剣な表情に、胸は高鳴りを見せている。

 湊斗が前に進むために乗り越えたいこと。

 それはきっと“眠りの呪い”のことだ。

 そしてその“眠りの呪い”は、湊斗を取り巻くすべてに、つながっている気がする。


 でも、だからだろうか……。

 高鳴る胸の一方で、言いようのない不安がくすぶってる。


 一毬がふと空に目を向けると、今にも雷雨をよびそうな薄暗く厚みのある夏の雲が広がっていた。

「湊斗さん……」

 湊斗の笑顔が、いつまでも一毬の瞼をとらえて離さなかった。
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