非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「くそっ」

 倉田が自分の膝を拳で叩いた。

 楠木が出て行ってからというもの、社長室の中は静まり返り、空調機の音だけがやけに大きく耳に響いている。

 湊斗はデスクの椅子に腰を下ろすと、苦しげな表情のままじっと目を閉じていた。

 そして湊斗が一言も発しないことが、余計に一毬を不安にさせた。


「あの口ぶりでは、楠木さんを今回の犯人と考えるのは、少し無理がありそうですね……」

 静かに状況を見ていた牧が、おもむろに声を出す。

 確かに、楠木の忠告は菱山との関係を継続させるものだ。

 プレス発表会をつぶしてしまったら、元も子もなかっただろう。

 そしてもう一つ。楠木は、今も菱山と繋がっているということか。


「んなこと、どうだっていい! それよりあいつは、俺たちの心を、湊斗の心を土足で踏みにじって行った。それが一番許せないんだよ」

 倉田はよほど悔しかったのか、目に涙をうっすらと浮かべていた。

「これからどうしますか……?」

 牧の問いかけに、湊斗はゆっくりと目を上げる。


「牧、遼。すまないが、しばらく一毬と二人にしてくれないか」

 湊斗の重い声に、一毬は次第に息苦しくなる胸を、ぐっと押さえた。
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