非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「こんなの、あんまりじゃない……」

 静かすぎる廊下に、一毬の声が響く。

 さっき湊斗にかかって来た内線電話は、会長からのものだった。

 湊斗は表情を硬くすると、一人会長室へと出て行ったのだ。


 一毬はとぼとぼと、誰もいない廊下を歩きながら、湊斗の言葉を頭の中で繰り返す。

 湊斗から愛を告白された。

 ずっと愛されたいと、願っていた湊斗から言われたのだ。

 本当なら、心躍って世界がバラ色に見えるのかも知れない。

 今頃はお互いを抱きしめ、愛を確かめ合っているのかも知れない。

 でも、一毬の心も、きっと湊斗の心も、バラ色とは程遠いところにいた。


 『紫さんの記憶が戻るまでは……誰も、愛さない』

 湊斗の声が再び脳内で響く。

 医者は紫の記憶喪失を、二つのショックが重なったことにより、一時的に殻に閉じこもるように消えたものではないか、と言っているそうだ。

 記憶はすぐに戻るかも知れないし、戻らないかも知れない、と。


「愛してるけど、愛せないって……。これじゃあ“溺愛宣言”じゃなくて“非溺愛宣言”じゃない……」

 一毬の小さな声は、悲しげに廊下に響いていた。
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