非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「け、圭吾さん」

 秘書は扉の前に立つ楠木の姿を見た途端、裏返った声を出した。

 入り口で立ち尽くしている楠木は、ひどく青白い顔をしている。


「圭吾。立ち聞きとは趣味が悪い。ここへは来るなと言ったはずです」

 菱山は細めた目で、じっとりと楠木の顔を睨みつけると、ゆっくりと立ち上がった。

「申し訳ありません」

 楠木はそう答え、秘書に促されるまま菱山の前に歩み出る。


「藤堂湊斗に、僕の正体がバレました……」

 楠木の言葉に、菱山が小さく驚いた顔を見せた。

「ほお。圭吾に目をつけるとは、相手もなかなかですね。もしくは……圭吾が疑われるようなヘマをしたか」

 菱山は横目で楠木の様子を伺う。

「まぁ、良いでしょう。今はTODOの社員なのですから、堂々としていればいい」

 菱山はそう言いながら、楠木の様子に首を傾げた。

 楠木はさっきから、思いつめたような表情のまま動かない。

「まだ、他に何か?」

 菱山の問いかけに、ようやく楠木が顔を上げる。
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