非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「さっきの話は本当ですか……?」

「話とは?」

「紫の結婚を見直すという話です……」

「あぁ、それですか。言葉の綾というものですよ」

 菱山は、のらりくらりと答えると、楠木に背を向けた。


「紫の記憶を取り戻すためには、ショックとなった原因を取り除くことが回復への最良の道だと。そう医者が言ったのではないのですか? だから紫の希望通り結婚させる事が一番だ。そう僕に言いましたよね?」


 ――だから僕は、社長に近づく佐倉さんを排除しようとした……。


 菱山は何も答えない。

 楠木は菱山に詰め寄った。

「お父さんは、紫のことを一番に考えていたのではないのですか?!」

 菱山は大きくため息をつくと、楠木の鼻先に人差し指を突き立てた。

「紫、紫! 圭吾は本当に紫が大切なんですねぇ。私は君を、そんな妹思いに育てた覚えはありませんが。やはり母親の出来が悪いと、こうなるんですね」

 楠木は目を見開いたまま固まっている。

 菱山は再びため息をつくと、椅子にドカッと腰を下ろした。
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