非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「結婚のことは正直、私はどちらでもいいんですよ。見舞いだって、記憶喪失を理由に、紫が勝手に湊斗くんを呼び寄せているだけですからね」

「え……」

「私の一番の目的は、TODOの研究と新製品を手に入れることですよ。プレス発表会で世界に発信はできた。後はこちらの希望の製品を作ってもらうだけです。それを勝手にあんな発表をして、反旗を翻したのはTODOです。圭吾の仕事は、それを正すことじゃなかったでしょうかね? 自分の仕事をはき違えてもらっては、困るんですよ」

 楠木は下を向くと拳をぐっと握り締める。

 怒りで身体は震えていた。

「それは……僕が、コマだからですか?」

「はい?」

「僕が自由につかえるコマだから、あなたの良いように動けと言うんですか……?」

 菱山は腕を組むとさらに目を細める。

 しばらくその場には、重苦しい沈黙が流れた。

「一つだけ教えてください」

「なんでしょう?」

 菱山がゆっくりと顔を上げる。


「紫は本当に、記憶を失くしているんですか……?」

 緊張したような楠木の声に、菱山は目を細めたまま何も答えない。

「……わかりました」

 楠木は深々と頭を下げると、そのまま菱山の顔を見ることなく背を向けた。
< 196 / 268 >

この作品をシェア

pagetop