非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
 牧も事件以降、ずっと働きづめだ。

「牧、今日はもう上がってくれ」

「ですが……」

「しばらくは忙しいままだろうからな。たまには早く帰ってくれないと、俺が奥さんに怒られる」

 湊斗がにやりとほほ笑むと、牧は珍しく慌てた顔を見せたが、「お言葉に甘えて」と帰り支度を始めた。


 牧は去年結婚したばかりの新婚だ。

 時折ほほ笑みながらスマートフォンを見つめる牧の姿を見るたび、湊斗はこちらまで気恥ずかしくなるような、羨ましいような感覚に陥っていた。


 ――結婚……か。


 湊斗の瞼には、静かに涙を流す一毬の顔が映る。

 口を開かなかった一毬は、何を思ったのだろう。

 湊斗はかすかに震える自分の指先を見つめた。


「社長はまだ、お帰りになられませんか?」

 鞄を持った牧が、心配そうな顔を見せる。

「あぁ、もう少し片づけてから……」

 湊斗はそう言いながら、無意識にぼんやりと時計に目をやった。

 今夜、一毬は部屋に帰ってくるだろうか。

 湊斗の心を不安がかすめた時、急に牧がずいっと近づいてくる。
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