非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「私は、湊斗さんがいつかは振り向いてくれると思っていました。“私の記憶”という鎖でつなぎとめておけば、いつかは私を愛するようになると……」

 紫は下を向くと、そっとハンカチで目じりの涙をぬぐう。

「でも、あなたの心は一度も振り向かなかった」

 湊斗は戸惑いながらそっと立ち上がる。

 見舞いに来ていた時と、明らかに紫の様子が違う。


「紫さん……もしかして……」

 紫はハンカチを握りしめる手に力を入れると、硬い表情で湊斗を見上げる。

「兄に説得されました。二人で、父の呪縛から出ていく勇気を持とうって」

 菱山の「ふん」という鼻で笑う声が響いた。

「何を言い出すのかと思えば。紫、お前は疲れているんだ。もう部屋に戻っていなさい」

 菱山は立ち上がると、紫の腕をぐっと掴む。

 それを見ていた楠木が、二人の間に入り、菱山の手を振りほどいた。


「お父さん、もうやめましょう。僕だって、あなたに利用されるだけの生き方は、もううんざりです」

「圭吾! 何を生意気な! 今までのうのうと生きて来られたのは、誰のおかげだと思ってる!」
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