非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「もうやめて!!」

 いがみ合う楠木と菱山の前で、紫の叫び声が響いた。

 しばらく部屋はシーンと静まり返る。

 紫はボロボロと涙をこぼしながら、もう一度湊斗を見上げる。


「湊斗さん、ごめんなさい。本当の事を言います」

「……本当のこと?」

「私は記憶を……失ってなんかいないんです……」

 「はっ」と息を止め、呆然と立ち尽くす湊斗のそばで、紫の悲しい泣き声が響く。


「記憶を……失っていない……?」

 湊斗は自分の耳が信じられず、小さく繰り返した。

 今までさんざん湊斗を苦しめてきた“眠りの呪い”が、根元からグラグラと崩れていく。


 菱山は紫の言葉に大きくため息をつくと、舌打ちをうちながら再びソファに腰を下ろした。

 紫は無理やり作った笑顔を、湊斗に向ける。

「湊斗さんは、自由です。自分の思うように進んでください。人々の支えになる医療機器を作り、そして……あなたの愛する人のそばにいてあげて……」

 紫はそこまで言うと、途端に顔をくしゃくしゃと歪め「わあっ」と声を上げて部屋を飛び出して行った。

「紫っ!」

 その後ろ姿を楠木が追いかける。

 湊斗はただただ、その様子を見送るだけだった。
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