非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
 一毬は楠木とともに、総務部へと戻るため静かな廊下を歩いていた。

 そっと見上げた楠木の横顔は、晴れ晴れとしている。

 湊斗が前に進めたように、きっと楠木もこれから一歩踏み出せる。


 ――そして、紫さんも……。


 湊斗の“眠りの呪い”は解けた。

 今更ながら、そのことにじわじわと実感が湧いてくる。

 湊斗はあの後、会長と話をするために出て行った。

「今日は一緒に帰るから」

 湊斗は部屋を出る直前、一毬の耳元でそうささやいたのだ。

 頬をかすめた湊斗の吐息を思い出し、思わず顔を真っ赤にした一毬を、楠木が振り返る。


「前に佐倉さんが、自分は社長の大切な人じゃないって言ってたけど……そんな事、全くなかったね。社長の目には、佐倉さんしか映ってないのが、よくわかったよ」

「そ、そんなことは……」

 一毬はさらに顔を赤くすると下を向く。

 楠木はぴたりと足を止めると、そんな一毬に深々と頭を下げた。

「佐倉さんには嫌な思いをさせて、本当に申し訳なかったと思ってる。到底許されるものだとは思ってないよ」

「楠木さん……」

「だから僕も、これから懸命に働こうと思う」

 そう言って顔を上げた楠木に、一毬はにっこりと笑顔を返した。
< 222 / 268 >

この作品をシェア

pagetop