非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
 一毬はタクシーの中で、そっと湊斗の横顔を伺う。

 湊斗はさっきから厳しい顔つきで、じっと黙ったままだ。

 夕方、湊斗の元に会長から電話が入った。

 それは、菱山商事との契約を打ち切るというもので、会長の口から出た言葉だとは、にわかには信じられないものだった。

「この会社の社長はお前だ。自分が信じたものを作れ」

 会長は電話を切る前に、そう湊斗に言ったそうだ。


 ――これで、本当の意味で湊斗さんは、前に進んで行ける。


 一毬は、隣で大騒ぎしている倉田や、涙を流す牧を眺めながら、改めてその意味をかみしめた。


 タクシーを降り、湊斗の背中を見上げながらエントランスを進む。


 ――どうしたんだろう?


 湊斗にはまだ何か、心配なことがあるのだろうか?


 ――ウイルス騒動のこと?


 牧が必死に調べているが、犯人はおろか小さな手掛かりもまだ見つかっていないそうだ。

 湊斗の襲撃についても、実行犯は逮捕されたが、誰が指示したのかは不明のままだ。

 湊斗が何も言葉を発しないことに次第に不安が押し寄せ、うつむきかけた一毬の手を、突然湊斗がぐっと握った。

 驚いて顔を上げる一毬の様子もそのままに、湊斗はエレベーターに乗り込む。

 そして部屋のあるフロアに降り立つと、足早に廊下を進んだ。
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