非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
「人を待っているとかで、まだ上にいますよ」

 楠木は表情を崩さずに、にこやかに答える。

 一毬は、牧に車で送ってもらうという事は、誰にも話していないのだろう。


「そういや様子はどうだった?」

 湊斗は楠木の顔つきを伺うように、鋭い視線を向けながら声を出した。

「佐倉さん、事務の経験はないみたいですけど、新しいことを吸収しようと、熱心に頑張ってる姿が印象的でした。とても素直で頑張り屋な方ですね」

「そうか」

 湊斗は楠木の話を聞きながら、一毬の様子を思い浮かべて、つい口元がほころんでしまう。


 あの一毬のことだ。

 きっと顔を真っ赤にして、いっぱいいっぱいになりながらも懸命に話を聞いていたのだろう。


 ――あいつの様子が目に浮かぶな。


 湊斗がくすっと小さく笑った時、楠木がおもむろに声を出す。
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