非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~

眠りの呪い

「菱山商事のお嬢さんか……。きっと、湊斗さんとお似合いなんだろうな」

 一毬は髪を乾かしていたドライヤーを洗面台に置くと、小さくつぶやいた。

 目の前の大きな鏡には、着古したルームウエアに身を包む、可愛げもない平凡な自分の姿が映っている。

 こんな自分がいくらあがいたところで、お嬢さんと呼ばれる人には到底適わない。


 吉田の話を聞いて以降、一毬の頭の中は湊斗の結婚話がぐるぐると巡っていた。

 湊斗と菱山のお嬢さんの結婚となれば、会社同士の将来もかかった話になる。

 たとえ湊斗に言われてここにいるとしても、自分の存在が結婚話に悪影響である事は間違いない。

 総務部で働きだして、給与ももらえるようになった今、早めにここを出ていくべきなんだろう。


「でも……」

 一毬はうつむくと、言葉をのみこむように胸の前で両手をぎゅっと握る。


 するとガチャリと玄関の開く音が聞こえた。

 一毬は急いで髪を整えると、玄関へ向かおうと洗面所の扉を開く。
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