非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~
 湊斗は脇に置かれたサンドを見ると、驚いた様子で目線を上げた後、ほほ笑んでそのままトレーに手を伸ばす。

 一毬はにんまりと口元を引き上げると、ダイニングテーブルにつき、自分も大きな口でほおばった。


『湊斗に優しくしてあげてよね』

 もぐもぐと口を動かしながら、倉田の言葉がちらちらと頭をよぎる。

 眠りの呪いのことも、結婚話のことも、聞きたいことは山ほどあった。

 それでも一毬は、いまだに何一つ聞けていない。


 ――今は一番忙しい時期だもん。きっとまだ、聞くなってことだよ。


 一毬はそう自分に言い聞かせる。

 でもそれは、どこかでこの生活を手放したくないことへの、言い訳のような気もしていた。


 ――気分転換に、ドーナツでも作ろうかな。


 ランチの後、ぼんやりとスマートフォンを眺めていた一毬は、よしっと勢いよく立ち上がる。

 そして腕まくりをすると、早速キッチンでドーナツ作りを始めた。

 やっぱりこうやって夢中で手を動かしていると、無心になれる。
< 75 / 268 >

この作品をシェア

pagetop