スパダリ御曹司のお相手が、私でいいのでしょうか?~一晩だけのはずが溺愛が終わりません~
(瀧澤専務って……本当に変わった人だよなあ……)
そもそも、いくらやむに已まれぬ事情があろうが、苦労していちからテニスを学ぶ必要はない。接待テニスには代役を立てれば済む話だ。
自ら教えを請うなんて、回りくどい真似をしなくても他にやり方はいくらでもある。楽な方向に流されず、百パーセントの正攻法に真っ向から挑もうとする瀧澤を尊敬してしまう。
アキレス腱を伸ばしながら、光莉は不思議なものを感じていた。
TAKIZAWAの社内には瀧澤の良い噂もあれば悪い噂も流れている。
創業者一族の御曹司であり類稀なる風貌が取り沙汰される一方で、血が通っていない冷徹人間などの怖い評判もある。
光莉もなんとなく瀧澤を怖い人なんだと思って畏まっていた。けれど、その印象はどんどん良い方に変わっていく。
……瀧澤が本気なら光莉は全力で応えるしかない。
「そろそろ始めましょうか!」
入念にストレッチをした後、ようやくラケットの出番がやってくる。握り方を教え、軽く素振りをしたら直ぐにボールを使った練習に入った。
といっても、初心者の瀧澤に試合形式の練習などできるはずもなく、離れた位置から光莉が投げたボールにラケットを当てて返球する初歩的な練習を繰り返していく。
ラケットを持つということは、手足が数十センチ伸びるようなものだ。まずはこの感覚に慣れる必要がある。
数回繰り返していくとポコンと音がして、ボールが光莉の元に真っ直ぐ返ってきた。