スパダリ御曹司のお相手が、私でいいのでしょうか?~一晩だけのはずが溺愛が終わりません~

「初めはそれなりのところで辞めようと思っていたのだが、なんだかんだ君の熱意に引っ張られたな」
 
(あ、笑った……)

 瀧澤の笑顔を見るのはこれで二度目だ。
 ぎこちない笑顔を見て、蝶が羽ばたいたように胸の奥がざわつく。
 懐かなかった野良猫が手づから餌を食べてくれたような……嬉しいような恥ずかしい気持ち。
 
「ひとつ、聞いていいか?」
「ええ、どうぞ」
「どうして君はTAKIZAWAに?一般企業ではなくプロのテニスプレイヤーになることもできるんじゃないのか?」
「いやいや!私程度の人は世界には沢山いますから!」

 光莉はわざわざ箸を置き、プロなんてとんでもないと両手を振って否定した。
 そして、恥を忍んで入社の経緯を話し始めた。

「本当は体育の教員になりたかったんですが、教員採用試験に落ちてしまって……。この先どうしようかと思っていた矢先に、実家の祖父が亡くなったんです」

 おやすみと言って布団に入っていった祖父は、翌朝目覚めることなく本当に眠るように息を引き取った。

「お葬式の後、祖父がいつもリビングで使っていたTAKIZAWAの椅子に座ってみたんです。TAKIZAWAの椅子はとっても丈夫で、祖父がまだ生きてるんじゃないかってくらい優しい温もりがあって……。それで、この椅子を作った会社に入社しようって思いついたんです。祖父の椅子は今は私のアパートに置いてあります」
「長年TAKIZAWAの椅子を愛用してもらってありがたいことだな」

 瀧澤は口元に穏やかな笑みを浮かべながら光莉の話に耳を傾けてくれた。

(また笑った……)

 今日は瀧澤の笑顔を二回も見てしまった。棒アイスで当たりをゲットした時よりも嬉しい。

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