その道にひそむもの


「家がずっとない道があるんだよね。昼間はまだいいんだけど、あそこ日が沈んだ後は絶対に振り返っちゃだめだから。特に一人のときは」
「えっ、そんなの後ろから呼び止められたり、後ろで事故がおきてたりしたらどうすればいいの? 一方通行じゃないよね、どっち向きに歩いててもだめなの?」
「事故なんてそうそうおきないよ! とにかく気をつけてね」 
 あきれた感じで斉藤さんが言う。失敗した、と思った。
「ものの例えだよ!」
「変わってる」
 前の学校でもよく言われた。自分では変なことを言ってるつもりなんかないのに。失敗した。
 ますます恥ずかしくなって、わたしは、「じゃあ行くから!」と手を振った。

「どうしてもってときは、振り返らないで後ろ向きに歩くんだよ。見たらだめ」
「わかった!」
「あのさ……あの……」
 斉藤さんはまだ何かを言いかけた。
「気をつけてね」
 顔も声も暗い。さっき話してたときはあんなに笑ってたのに。沈んでいく夕日の影になってるからだ。
 またね、とわたしは手を振った。


 坂道は車一台が通り抜けられるくらいの幅しかなくて、家がだんだん少なくなった。やたら長い塀があったり、今度は鬱蒼とした木ばっかりになったり。
 登ってる間に夕日はどんどん木の向こうに沈んでいって、あたりは暗くなった。
 急に風まで冷たくなっています、しかも地面のアスファルトが途切れた。車が通れない幅になって、家がまったくなくなった。

 あれ、ここ道路だよね? と不安になる。
 失敗した。斉藤さんの言うことを聞くんだった。外灯が気まぐれにしかなくて、こんな暗い道は、前の街にはなかった。
 奇妙にしずかで、時々何かの動物がガサガサと木を揺らす。何かが飛んでいる。鳥なはずがない、コウモリだ。
 どうしよう、引き返そうか。思ったけれど、斉藤さんの言葉を思い出す。

 絶対に振り返っちゃだめ。

 引き返すのも振り返るのに含まれるんだろうか。なんでかわからないけど、暗くてしずかで、空気が重い。
 一人で肝試しみたいなことになって、ものすごく後悔した。
 斉藤さんが変なことを言うからだ。だから余計にこわくなっちゃったんだ。
 どうしよう。思いながら、わたしはローファーの足元だけを見て、ひたすら前に進んだ。不意に爪先が小石を蹴り飛ばした、時だった。

 おーい、おーい。

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