出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「お嬢さん。今日のことはお父上に報告させてもらうので、そのつもりで」

 そう捨て台詞を吐くと、高木は二人を押し除けるようにその場を離れ、出口に向かっていた。その背中が小さくなったのを見届けてから実乃莉は安堵したように肩から力を抜いた。

「お客様! 大変申し訳ございませんでした」

 実乃莉の背後で先ほどのスタッフが深々と頭を下げている。そちらに振り返り実乃莉は打ち消すように両手を振った。

「いえ。私は何も……」
「本当に申し訳ありません。元はと言えば私がご案内を誤ってしまったこともあり焦ってしまい……」
「大丈夫ですから。むしろ……うまくいきましたし」

 実乃莉が笑みを浮かべてそう言うと、男は不思議そうにしながら「本当にありがとうござました」と、礼をして下がって行った。
 それから実乃莉は、まだ隣に立っていた龍に向いた。

「助けてくださってありがとうございました」

 実乃莉はその場で、誠心誠意頭を下げる。

「そこまで礼を言われるようなことはしてない。とりあえず、立ち話はなんだ。席に戻ろう」

 龍はぶっきらぼうにそう言うと先に元いたテーブルに戻っていく。実乃莉もとりあえずそれに続き席についた。龍は険しい表情で窓の外に視線を送っていた。

「あの。どうして急に助けてくださったんですか?」

 恐る恐る尋ねると、龍は一つ息を吐きゆっくり実乃莉に顔を向けた。

「あいつがあんまりにもうるさかったからな。それに……公衆の面前で女に土下座させようなんて反吐が出る。それだけだ」

 うんざりしたように龍は吐き捨てているが、実乃莉は高木より余程信用できる気がしていた。
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