出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 鷹柳家に来客があったのは木曜日の夜だった。
 前日、同席するようにと伝えられていた実乃莉は、定時に会社を出ると真っ直ぐ帰宅した。

「おかえりなさいませ、お嬢様。客間で旦那様とお客様がお待ちです」

 帰るなり家政婦の笹木に言われ、客間に向かった。

「失礼します」

 部屋に入ると、応接ソファの上座に座る男と真っ先に目が合った。一度会ったきりのその男は、最初と変わらない印象でニヤニヤと実乃莉を見ていた。

「遅くなり申し訳ありません、高木様」
 
 実乃莉が一礼し顔を上げると、高木はよりニヤけた笑みを浮かべ不躾な視線を実乃莉に向けていた。

「お待ちしていましたよ、お嬢さん」

 実乃莉は顔色一つ変えることなく孝匡の隣りに座った。

「いやぁ、それにしても。今日はまともな格好で安心しましたよ。それでこそ鷹柳のご令嬢に相応しい」

 演技掛かった口調でそう高木は言う。
 会社から帰ったばかりということもあり、今の実乃莉はシンプルな白いブラウスにネイビーのロングフレアスカート。あれからすぐ染め直した髪は落ち着いたダークブラウンで、邪魔にならないよう一纏めにしている。

「あの時は大変お恥ずかしい姿をお見せして、申し訳ありませんでした」

 本当はそんなことはカケラも思っていない。けれど、今ここで高木の神経を逆撫でするわけにはいかない。

「お嬢さんがそうおっしゃるなら水に流しましょう。やはり、交際相手の影響は大きいようですが、人を見る目を養う必要がありますな」

 どれだけ自分が偉いと思っているのだろう。父親の前で娘を貶めるような発言をする高木に、孝匡の表情はほんの少し険しくなった。

「お恥ずかしいかぎりです」

 あくまでも従順に答え頭を下げると、高木は得意げに続けた。

「今日来たのはほかでもない、お嬢さんの婚約者について、耳に入れたいことがありましてね」
「……彼に何かございましたでしょうか?」

 表現を曇らせ実乃莉は尋ねる。高木は誇らしげに胸を張り、いやらしい笑みを浮かべてそれに答えた。

「いえね、皆上先生には申し訳ないんですが、どうもご子息について良い噂を聞かないもので。お嬢さんが心配で色々調べさせてもらったんです」

 そう言うと、高木はスーツの内ポケットから勿体ぶるように何かを取り出した。

「まずはこれをご覧ください」

 そう言って高木が机に並べたものは、あきらかに隠し撮りだとわかる写真。そこには龍ともう一人、親密そうに笑みを浮かべる女性が写っていた。
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