出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 どこかのレストランだろうか。食事をしている写真が数枚。そこから一緒に出て行くところを捉えた写真が数枚。そして、龍に寄り添うように歩くのは、間違いなく瞳子だった。

「この写真がどうかしたのかね? 取引先の人間ということもあるだろう」

 孝匡が淡々と投げかけると、高木は実乃莉に顔を向ける。

「お嬢さんはご存知ですよね?」

 期待に満ちた顔の高木に、実乃莉は無表情のまま頷いた。

「誰なんだ?」

 訝しげな表情の孝匡から尋ねられ、実乃莉はおずおずと答えた。

「九度山……瞳子さん……。龍さんが以前交際されていた方です」
「元交際相手? その人がなぜ?」

 孝匡が尋ねると、高木は意気揚々と説明を始めた。

「これは数日前、京都のとあるホテルで撮られたものです。皆上先生のご子息は、仕事と偽りここでこの女性と密会していたようです。レストランで食事をしたあと、二人で部屋に入って行ったと聞いています」

 実乃莉はその話しを呆然と聞いていた。写真だけ見れば、全くのでたらめだと思えない。龍が瞳子と会っていたのは真実なのだから。

「だが高木君。食事をしていたのは事実だろうが、部屋に入って行く写真は無い。信憑性に欠けるのではないか?」

 孝匡は淡々と指摘する。けれど高木はそれに慌てる様子もなく続けた。

「さすがに、部屋まで追いかけて写真を撮るわけには行きませんので。けれど食事中、婚約者がいるとは思えない会話をしていたようですよ? 証拠はここに」

 高木は勝ち誇ったように笑みを浮かべ、今度はポケットからICレコーダーを取り出した。

「調査員が録音した会話です。お嬢さんにはとても聞かせられないような内容なのですが、どうしても……とおっしゃるならお聞かせしましょう」

 それを聞いた孝匡は不快感を滲ませながら実乃莉に向いた。

「どうするんだ?」

 実乃莉はグッと手を握ると高木に向き答えた。

「覚悟はできています。聞かせてください」

 ニヤリと下品な笑みを見せた高木は、レコーダーのボタンを押した。
 騒めきと共に、小さく瞳子の声が流れ始めた。

『ねぇ、龍。私のこと、どう思ってるの?』
『…………。愛……してる……』

 間を開けて聞こえてきたのは、瞳子よりいっそう聞こえづらい龍の声だった。

『じゃあ、先のことは考えてるの?』
『できるなら……。結婚したいと思ってる』
『そう。私もよ?』

 抑揚なく話す龍に対し、嬉しそうな瞳子の台詞が聞こえてくる。高木はそこでレコーダーを止めた。
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