出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「いかがですか? お嬢さんにはショッキングな内容でしょうが、これがあの男の正体ですよ」

 高木は鬼の首を取ったかのように誇らしげに言い放つ。そして青ざめた表情の実乃莉を見ると、大袈裟に眉を下げた。

「あんな男に騙されてお可哀想に。まだ傷が浅いうちに……考えられたほうがいいのでは?」

 暗に婚約解消しろと言っているに違いない。心配している素ぶりを見せながら、本当は実乃莉を自分の思う通りに従わせようとしているのが見え隠れしていた。

「ご心配をおかけしました」

 実乃莉は深々とお辞儀をすると、しばらく俯いたままでいた。震えそうになる拳に力を込め、緩めると同時に息を吐く。少しでも気持ちを落ち着かせたかったから。
 そして顔を上げると、再び高木を見据えた。

「ご助言いただき、ありがとうございます。おかげさまで目が覚めました。彼に……婚約解消を申し入れようと思います」

 実乃莉は冷ややかな表情で答える。きっと高木にとって、今の実乃莉は思い描いた通りの姿だったのだろう。高木は場にそぐわぬ高笑いをし始めた。

「さすがは鷹柳のご令嬢。決断がお早い!」

 そんな高木とは対照的に苦々しい表情を浮かべる孝匡は、実乃莉に小さく尋ねる。

「実乃莉。本当にそれでいいのか?」
「はい。お父さんにもご迷惑をおかけすること、申し訳なく思います」

 毅然とした態度の実乃莉に、孝匡はそれ以上何も言わず、ただ「そうか」とだけ呟いた。

「高木さん。私はこの週末の間に龍さんに直接お会いして、解消をお伝えするつもりです。ご同席なさいますか?」

 その申し出に少なからず驚きながら、高木は打ち消すように両手を振った。

「とんでもない。お嬢さんを見守りたい気持ちは山々ですが、残念ながら所用がありまして。正式に婚約が白紙となれば、またすぐに僕の耳に入るでしょう」

 高木はおそらく、龍と直接顔を合わせたくないようだ。取り繕うように答えたあと、視線を逸らしていた。

「そうですね。こう言った噂ほど早く広がるでしょうし。誰がどこで、何をしていたか、知らない間に見られていたりしますものね」

 らしからぬ、冷たい表情で淡々話す実乃莉に、高木は思い当たるところがあるのか突然挙動不審になった。

「そっ、そんなこともあるでしょうな。では用事も終わったことですし、これで失礼しますよ」

 高木はテーブルの上の写真とレコーダーを回収すると立ち上がる。
 そして挨拶もそこそこに、高木は慌てたように部屋をあとにして行った。
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