出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「いや? なかなかの見物だった。それにしてもあの高木って男。典型的な長いものには巻かれるタイプみたいだな」
「そう……ですか。実は私、どんなかたなのか全く知らずにここに来て……」

 いかにも知っているといった口ぶりに、龍は誰かの秘書なのだろうかと思う。だがそれなら、名前くらい聞いたことがあってもおかしくないが覚えはなかった。
 龍の兄である皆上議員の長男は外務省に勤めるエリートでいずれ父のあとを継ぐだろうと言われている。けれどその弟の話は耳にしたことがなかった。

「まぁ、あんなのが鷹柳の名前を継がなくて良かったと思うが? 遠坂(とおさか)……俺の友人も同じことを言ってたな」

 龍は呆れ果てたように息を吐くと手元に置いていたスマートフォンを手に取った。

「噂をすれば……。って……」

 画面を確認した途端に龍は面倒くさそうに髪を掻き上げた。

「あの高木ってやつ。仕事は思いの外早い」
「それはどう言う……」

 実乃莉がそこまで発したところで膝に置いたバッグの中から振動が伝わってきた。

「すみません、失礼します」

 そう断りを入れバッグの中からスマートフォンを取り出すと実乃莉はその相手を確認した。表示されたその名前は『父』となっていて、実乃莉は目を疑う。普段父から電話がかかることなどほとんどないからだ。

「出たほうがいいんじゃないか?」

 鳴り続ける電話の相手がわかっているかのように龍は言う。

「は、はい!」

 実乃莉は画面をタップするて恐々とスマートフォンを耳に当てた。

「はい。実乃莉です」
『……私だ』

 電話の向こうから渋めの低い声が聞こえる。実乃莉の父孝匡(たかまさ)は新人の頃からその甘いマスクと低音ヴォイスが相まってファンが多かったと聞く。ただし、ニコリとも笑わないのだが。
 そんな父が今険しい顔をしていることは実乃莉でも想像できる。そんな声色だった。
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