出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 龍は店外へ出て行ったようだ。姿が見えなくなると入れ替わるようにホールスタッフが皿を運んできた。
 目の前に並べられた、美しく盛り付けられた前菜の皿を眺めながら実乃莉は小さくなっていた。

(皆上さん、お父さんに叱られてなければいいけど……)

 心配になるが、相手が皆上の人間であれば苦言くらいで済むかも知れない。自分は帰ったら相当絞られそうだが、それでもあんな相手と結婚することを考えたら数倍ましだ。
 実乃莉は窓の向こうに広がる絶景を眺め、何度目かの溜め息を吐いた。

「なんだ。先に食べてなかったのか」

 ぼんやりと窓の外を見下ろしていた実乃莉はその声に弾かれたように振り返った。

「ほら。これ、返す」

 差し出されたスマートフォンを実乃莉が受け取ると、龍は向かいに座った。

「重ね重ね、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 実乃莉は頭を下げる。怒っている様子はないが、それでも実乃莉は平身低頭謝る。

「だから。そう謝る必要はない。せっかくの飯が不味くなる。今はとりあえず水に流して食わないか?」

 龍は表情を和らげている。それに実乃莉は、やはり怒ってはいないんだとホッとしながら頷いた。

「はい。では、いただきます」

 手を合わせてから実乃莉はフォークとナイフを手にする。
 季節の野菜がふんだんに使われた前菜に始まり、さっぱりした冷製スープ、メインは牛フィレ肉のポワレ。ランチだが、どれもこのホテルに相応しいメニューで実乃莉はそれを堪能した。

「口に合ったみたいだな」

 実乃莉が綺麗に食べ終えたところで、龍は笑みを浮かべてそう言った。
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