出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「どうぞ。そんなに緊張しなくていいわよ」

 解放感のあるリビングダイニングにあるテーブルに座る実乃莉に、冷たいお茶を差し出すと深雪は素っ気なく言う。それから実乃莉の真向かいに座った。その隣は龍で、実乃莉は早くも自分の隣に龍がいないことを心細く感じていた。

「まず聞きたいんだけど……鷹柳って、議員をされているあの鷹柳さんよね。コネで応募してきたの?」

 友好的とは言えない表情で深雪は尋ねる。実乃莉は元々良かった姿勢をより真っ直ぐにすると深雪に顔を向けた。

「はい。都議会をしている鷹柳は私の父です。皆上さんと知り合ったのは偶然です。求人されていると知り、応募したいと無理を聞いていただきました」

 それを聞いて深雪は「偶然?」と怪訝そうな表情で言うと、そのまま続けた。

「だいたい、龍。今日はあなた、あの(ひと)と会ってるはずじゃなかった? なんで彼女といるのよ」
「それは、だな……」

 気まずそうにそう答えてから、龍は自分のスマートフォンを取り出す。
 そういえば、実乃莉も龍が誰と待ち合わせしていたかは聞いていない。が、深雪はその相手を知っているようだった。

「これ見りゃわかる」

 龍は画面に指を滑らせたあと、それをそのまま深雪に渡す。深雪は躊躇いなくそれを受け取ると画面に視線を落とした。
 しばらくすると、深雪は呆れたように息を吐きスマートフォンを龍に返した。

「何これ。結局、ふられたってことでいいわけ?」
「えっ?」

 二人の様子を黙って見守っていた実乃莉は、"ふられた"に驚いて声を漏らした。

「ま、そうなるか」

 龍は落ち込む様子もなく、まるで他人事のように笑っていた。

「大丈夫なんですか? あの、私のせいなら今からでも……」

 何かしら弁解して相手から許しがもらえるならそのほうがいい。そう思い、実乃莉は慌てて龍に告げる。

「いいのよ。あなたは関係ないもの」

 龍の代わりに答えたのは深雪だ。未だ呆れたように龍を一瞥すると、深雪は実乃莉に向いた。
< 31 / 128 >

この作品をシェア

pagetop