出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
『で? 龍は? 帰ってくるの?』
瞳子の声に我に返り、反射的に実乃莉は返事をする。
「はい。戻る予定になっております。ご伝言があれば……」
『中で待たせてもらうわ。いいでしょ?』
「私の一存では……」
『あなたじゃ埒が明かないわね。他に誰かいないの? 呼んでちょうだい』
冷たく言い切られ、実乃莉は「少々お待ちください」と受話器を置く。
(どうしよう……。龍さんに電話する? それとも深雪さん?)
半ばパニックになっていると、扉がノックされそのまま開く。
「実乃莉ちゃーん。経費の申請書お願ーい!」
明るく入って来たのは糸井だった。糸井は呆然と立ち尽くしていた実乃莉を見て首を傾げた。
「どした? 何か困りごと?」
「糸井さん、あのっ。外にその、龍さんの婚約者だと名乗るかたがいらっしゃってて。どうしたらいいのか」
こういうとき、実乃莉は自分の経験の浅さを思い知る。想定外の出来事に対処できない自分が悔しかった。
「婚約者? いつの間に婚約したんだろ。たぶんあの人だと思うから、俺、出てくるよ」
そう言って踵を返す糸井に、実乃莉は「私も行きます」と続いた。
先に糸井が出入口に向かうと扉を開けた。向こう側からは遠慮することなく女性が入って来た。
ウェーブのかかった栗色の長い髪。スタイルの良さを引き立たせるような黒いワンピース。そして、実乃莉には履きこなせなかったハイヒールで堂々と歩いていた。
「やっぱ瞳子さんだ。婚約者って聞いたから誰かと思った」
糸井は瞳子に気軽に話しかけている。その瞳子は、雑誌からモデルが抜け出たような綺麗な顔を歪めていた。
「遅いわよ。新人教育がまるでなってないようね」
そう言うと瞳子は実乃莉を値踏みするような視線を寄越した。
「お待たせしてもうしわけありませんでした」
実乃莉が深々と頭を下げると、瞳子は鼻で笑っている。
「まぁいいわ。今回は多めに見てあげる。お茶を淹れてくれるかしら? 私、ペットボトルの飲み物なんて飲めないから」
この会社では来客に出すお茶をペットボトルにしていることを知っているようだ。その上で瞳子はそう言い放った。
瞳子の声に我に返り、反射的に実乃莉は返事をする。
「はい。戻る予定になっております。ご伝言があれば……」
『中で待たせてもらうわ。いいでしょ?』
「私の一存では……」
『あなたじゃ埒が明かないわね。他に誰かいないの? 呼んでちょうだい』
冷たく言い切られ、実乃莉は「少々お待ちください」と受話器を置く。
(どうしよう……。龍さんに電話する? それとも深雪さん?)
半ばパニックになっていると、扉がノックされそのまま開く。
「実乃莉ちゃーん。経費の申請書お願ーい!」
明るく入って来たのは糸井だった。糸井は呆然と立ち尽くしていた実乃莉を見て首を傾げた。
「どした? 何か困りごと?」
「糸井さん、あのっ。外にその、龍さんの婚約者だと名乗るかたがいらっしゃってて。どうしたらいいのか」
こういうとき、実乃莉は自分の経験の浅さを思い知る。想定外の出来事に対処できない自分が悔しかった。
「婚約者? いつの間に婚約したんだろ。たぶんあの人だと思うから、俺、出てくるよ」
そう言って踵を返す糸井に、実乃莉は「私も行きます」と続いた。
先に糸井が出入口に向かうと扉を開けた。向こう側からは遠慮することなく女性が入って来た。
ウェーブのかかった栗色の長い髪。スタイルの良さを引き立たせるような黒いワンピース。そして、実乃莉には履きこなせなかったハイヒールで堂々と歩いていた。
「やっぱ瞳子さんだ。婚約者って聞いたから誰かと思った」
糸井は瞳子に気軽に話しかけている。その瞳子は、雑誌からモデルが抜け出たような綺麗な顔を歪めていた。
「遅いわよ。新人教育がまるでなってないようね」
そう言うと瞳子は実乃莉を値踏みするような視線を寄越した。
「お待たせしてもうしわけありませんでした」
実乃莉が深々と頭を下げると、瞳子は鼻で笑っている。
「まぁいいわ。今回は多めに見てあげる。お茶を淹れてくれるかしら? 私、ペットボトルの飲み物なんて飲めないから」
この会社では来客に出すお茶をペットボトルにしていることを知っているようだ。その上で瞳子はそう言い放った。