出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「とりあえず。最初のプロジェクト、納期厳守でいいものが作れたこと感謝する。さすがお前たちだと鼻が高い」

 グラスを持ち上げたまま、みな原田の言葉に聞き入っていたが、まだ続きそうな様子に糸井がチャチャを入れた。

「チーフ! 巻きでお願いしゃっす!」
「ったく。じゃ、とりあえず。お疲れ!」

 原田が呆れたように笑いながらグラスを掲げると、それぞれが「かんぱ〜い!」と続いた。
 実乃莉はベリー系の爽やかなカクテルに口をつけながら周りの様子を眺めた。遠慮なく言いたいことを言い合いながらもそこに裏表なんてなく、もちろん腹の探り合いなどない。それがとても心地良かった。

「腹減ったぁ! 食おうぜ!」

 テーブルには大皿に盛られた料理が並んでいる。実乃莉の隣で小皿を持つと佐古が言った。

「お取りしましょうか?」

 実乃莉が尋ねると、反対側から糸井の声がした。

「ダメダメ。実乃莉ちゃん、甘やかしたらダメだって。自分のは自分で取ればいいんだって」
「そう……なんですか?」

 こういう席では女性が取り分けるのが当たり前だと思っていた。そうしなければ気が利かないと言われてしまう。実乃莉は自分の"普通"との違いに戸惑っていた。

「そうそう。鷹柳さん。そんなに気を使うことないよ。自分のことは自分でする男にならないと。それが結婚したあとも円満に保つ秘訣だからね」

 向かいで原田も穏やかな笑みを浮かべている。

「さっすが既婚者は重みが違う! ってことで佐古。代わりにこの優しい糸井様が取ってやる」
「ちぇっ。鷹柳さんが取ってくれたら百倍美味くなりそうだったのに」

 渋々佐古は糸井に皿を渡した。

「佐古。それ、セクハラ」

 佐古の向かいで静かに酒を呑んでいた男がボソリと呟くと、佐古は両手で頭を抱えた。

「マジっすか? 藤田さん!」
「マジ」
「うわぁ! ごめん!」

 そんな大袈裟なやり取りを、実乃莉は目を丸くしたまま見ていた。

「うるさくてごめんね。驚いたでしょ?」

 糸井はこんもりと食べ物を入れた皿を佐古に返しながら、実乃莉に声を掛けた。
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