出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「少し……。こんな食事会に参加するのも初めてなので」
「そうなんだ。みんな、人は良いからさ。そんなに緊張感しなくていいよ」

 入社前から顔を知っていたからか、糸井は何かと実乃莉を気にかけてくれていた。龍と深雪以外で、一番話しをしている社員だった。

「ってお前、鷹柳さん独占すんなよ。やっと話す機会できたんだし。噂の女神様と」

 そう言えば糸井に初めて会ったとき実乃莉はそう言われたのを思い出した。けれどそれが周りにも伝わっていたことが面映い。

「女神様だなんて……」

 首をすくめながら小さく言う実乃莉に糸井は向いた。

「いやほんと、実乃莉ちゃんは女神様なんだって。あのあとさ、"あいつら"全く出てこなくなって。おかげであの日は家に帰れたし」
「あの。あいつらってなんなんですか?」

 あの日も何かを退治している様子だったが、その後聞けずじまいだった。実乃莉は思い切って尋ねてみた。

「あぁ。それは……――」

 それから糸井は、エンジニアの間では虫に例えられバグと呼ばれるシステムのエラーについて実乃莉に聞かせた。
 なんでもあの日は、前日からシステムをテストをしていたらしいのだが、なかなかうまく作動しなかったのだと言う。
 今ここにいる、佐古も藤田もぐったりしていたところに「女神様に会った」と糸井がテンションを上げ戻ってきて、二人は『とうとう糸井がおかしくなった』と思ったらしい。

「まぁでも、あのあとすんなり片付いたのは確かだよね」
「でしょでしょ! 藤田さん! ってことで実乃莉ちゃん。これからもあやからせて下さい!」

 糸井は実乃莉に向かって頭を下げオーバーに手を合わせている。

「そんなっ、私、なにもしてないですって」

 慌てふためく実乃莉に対し、周りからは「お供え必須〜!」「投げ銭もな〜」などと茶化す声と笑い声が響いてきた。

 そんなときだった。
 ガチャリ、と勢いよく扉が開き龍が入って来たのは。

「何やってんの? お前」

 実乃莉を拝む糸井を見て目を見開くと、龍は呆れたように言った。
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