出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 龍は悠然と糸井の向かいの席に座る。

「龍さん。思ったより早かったっすね」

 糸井は実乃莉に向かって手を合わせたまま龍の姿を目で追っていた。

「早くねぇ。もう三十分過ぎてるぞ」

 龍は顔を顰めながらすぐさま返す。そんな龍を尻目に、糸井は龍に体を向け笑っていた。

「いやぁ、瞳子さんがそんな簡単に開放してくれるなんて思ってなくて。最悪、金だけ払いに来るかなぁ、なんて思ってたんっすけど?」

 それを聞いた佐古と藤田はあからさまに眉を顰めて「あの人来てたんだ」なんて呟いている。そして原田は原田で苦笑いを浮かべていた。

「こっちに来るに決まってんだろ……」

 龍は疲れた様子で吐き出すと、置いてあったドリンクメニューを手に取った。

「お前ら、おかわりは? 乾杯するぞ、乾杯」

 龍がメニュー表を差し出すと糸井はそれを受け取る。ちょうどノックの音がし、店員が「お待たせしました」とドリンクを運んできた。

「あれっ? 龍さんそれ、ノンアル?」

 龍の前に置かれたのは実乃莉が飲んでいるものに似ている。それに気づいた糸井が驚いたように尋ねた。

「ん? あぁ。実乃莉を家まで送るつもりだしな」

 龍はさも当たり前のようにさらりと口にする。

「えっ。あの、私、そんなに遅くないですし、一人で帰ります。なので遠慮なく飲んでください」

 実乃莉が慌てて返すと、不服そうに顔を歪めていた。

「そうですよ、龍さん。実乃莉ちゃんだって子どもじゃないんだから。それに瞳子さんが怒りません? 婚約したんでしょ?」

 糸井がメニュー表を眺めながら軽い調子で言った台詞に「婚約⁈」と驚いているのは原田と藤田と佐古だ。
 だが龍は、「婚約? なんだそれは」と青筋が見えそうなほど険しい表情を見せた。

「違うの? だって瞳子さん自分で言ったんだよ? 婚約者だって。ね、実乃莉ちゃん?」

 さすがに引き攣りながら同意を求める糸井に実乃莉は小さく頷く。

「あいつ……」

 龍は向かいから視線を外すと、イライラした様子で髪をくしゃくしゃと掻いていた。
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