出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「は……い」

 いったいそのあと、どんな言葉が続くのだろう。実乃莉は期待と不安でドキドキしながら龍を見上げた。

「前日の日曜日。何か予定あるか?」
「……何も……何も、予定はないです」

(期待……しても、いい?)

 優雅な笑みを浮かべた龍の端正なその顔を見上げ、実乃莉は胸を膨らませていた。

「なら、どっか行くか? いくら契約上の付き合いでも、誕生日祝いくらいさせてくれ。……嫌じゃなければ、だが」
 
 気を使ったのか、龍は最後に一言付け加える。それを否定するように実乃莉は小さく首を横に振った。

「嫌じゃないです! 嬉しいです! 本当にいいんですか? その……。龍さん、忙しいんじゃ……」

 勢いよく答えたものの、先ほどのやり取りを思い出し言葉が尻すぼみになっていく。

「悪いな、当日に祝ってやれなくて。別チームがその日、最終のテスト走らせる予定になってるんだ。すんなりいかねぇだろうし……。だから前日しか空いてなくてな」

 申しわけなさそうに言う龍に、実乃莉はもう一度首を振る。

「そんな! 謝らないでください。祝ってくださるだけで嬉しいですから」
「ならいいが。車で行ける範囲ならどこでも付き合う。行きたい場所があれば教えてくれ」

 太陽の日差しのように明るく笑う龍に、実乃莉はコクリと頷く。すでにその熱に当てられ、頰は熱くなっているし体もフワフワしている。
 恥ずかしさのあまり視線をそらすと、ほてりを冷ますように実乃莉は自分の両頬に手を当てた。

「それから……。今日はアイツが悪かったな。何か言われなかったか?」

 アイツ、とはもちろん瞳子のことだろう。

「いえ。特に何もおっしゃってはいませんでした」

 色々言われはしたが、告げ口するようで気が引け、実乃莉は微笑みを浮かべ当たり障りなく答えた。
 その表情に安堵した顔を見せると、龍は実乃莉の頭を軽く撫でた。

「そうか」

 自分のことをただの契約相手だと思っていたとしても、こうやって触れてくれることが何よりも嬉しい。
 そんなことを思いながらその温もりを感じていた。
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