出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「ここのお支払いを持ちます。それでなんとか! お願いします!」

 精一杯懇請するが、相手の表情を見る限り期待するような返事は返ってきそうにない。そうしているうちに、背後にいる本来のお見合い相手は、より白熱して声を張り上げていた。
 実乃莉はしかたなく諦め、息を吐くと立ち上がる。

「すみませんでした。やっぱり自分でなんとかします。ご迷惑をおかけしました」

 驚いたように実乃莉を見上げる男に謝罪し一礼すると席を離れた。
 振り返るとスタッフの男は青ざめた表情でペコペコと謝っている。それに対してお見合い相手はまだネチネチと嫌味を言い続けていた。

(こんなに謝っている人を許すこともできないなんて。こっちから願い下げよ)

 祖父にどれだけ気に入られていようがこんな人間性では先が見えている。こちらから断って、あとから父に叱られても構わない。そんなことを思いながらツカツカと実乃莉はその席に歩み寄った。

「もうそのあたりでよろしいのでは?」

 実乃莉は二人のあいだに割って入ると座ったままのお見合い相手の顔を見据えた。

(想像以上に年上のかたみたい……)

 議員の秘書をしているような人物が自分と年齢が近いわけはないと思っていたが、見る限り四十代半ばほどにも見えて実乃莉は絶句した。

「なんだ、お前は?」

 顔に刻まれた皺をより深くして男は尋ねた。

「鷹柳です」

 手短にそう言うと相手は眉を顰めて「なんだって?」と低い声を出した。

「ですので、鷹柳実乃莉です」

 怯むことなく言い返すと、男はワナワナと震えていた。

「そんな破廉恥な格好をした女が鷹柳の令嬢のわけはないだろう!」

 テーブルをバンっ! と叩くと男は立ち上がる。火に油を注いでしまったと実乃莉は思ったがもう遅かった。
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