出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 「用意ができた」と言われ、不思議に思う実乃莉が次に連れて行かれたのは、一階の廊下の中ほどを進んだ場所だった。
 広い廊下には柄の美しい赤い絨毯が敷かれ、天井は開放感のある高さ。そして、背の高い龍でも簡単に通ることのできる大きな木製の扉の前で実乃莉は下ろされた。

「少しだけ歩ける?」
「はい。大丈夫です」

 実乃莉が答えると龍は扉を開ける。他には誰もいないと思っていたが、その向こうには白いシャツに黒いベストの男性が立っていた。

「お待ちしておりました。鷹柳様」

 恭しく頭を下げた男性は四十代くらいだろうか。洗練された雰囲気は高級レストランの給仕長を思わせる。だが、ここはレストランではないはずだ。なぜ? と思いながら実乃莉は会釈していた。
 部屋の中を改めて眺めると、貴賓室だったのか豪奢な作りになっていた。
 天井には細かい細工のされたシャンデリアが吊り下がり、窓には重厚なグリーンのカーテンが向こう側に広がる景色を飾るようにかけられている。

「実乃莉。席へどうぞ」

 先に歩き出した男性のあとに続くよう龍に促され、実乃莉はゆっくりと濃紺の絨毯を進んだ。
 白いクロスの敷かれた長方形のテーブルの端まで来ると龍は椅子を引く。それに座ると「ありがとうございます」と礼を述べた。
 目の前にはフォークやナイフなどのカトラリーが美しく並べられている。それだけで、今からする食事の格がわかってしまうほどだった。

「二人だけだし、そんなに緊張しなくていいからな」

 表情が固くなっていたのか、向かいに座った龍に優しく言われる。それに肩の力を抜き、実乃莉はゆっくり頷いた。

 しばらくすると料理が運ばれてきた。龍が言うには、皆上家が懇意にしている地元のレストランのシェフがこの家に出向き作っているらしい。
 おそらく龍は、実乃莉と約束してすぐに今日のセッティングをしていたのだろう。誕生日当日ではないけれど、そんなことはひとつも気にならない。それどころかこんな夢のような時間が過ごせてただ幸せだった。

 地元の食材がふんだんに使われたフルコースはどれも繊細で美しく、そしてそれを裏切ることなく美味だった。
 和やかに食事は進み、コースを締めくくるデザートの皿が実乃莉の前にサーブされる。
 そこには"Happy birthday Minori"と添えられていて、顔を上げると龍が笑みを浮かべているのが目に入った。
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