出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「少し早いけど……。実乃莉、誕生日おめでとう」

 大人の色香を感じさせる落ち着いたトーン。言われている言葉はなんの変哲もないものだが、実乃莉はフワフワとした感覚を覚えた。

「ありがとうございます……。こんな風に祝っていただけて、私……幸せです」

 偽りのない思いを口にすると、龍は目を細めて表情を緩めた。

「今まで誰かにこんなことしたことなかったし、喜んでもらえるのか不安だった。けど、嬉しいもんだな。俺も幸せだ」

 真っ直ぐ揺らぐことなく龍は言い切る。堂々としたその姿には偽りはない。
 その幸せを噛み締めながら、実乃莉はデザートに目をやる。金で縁取られた白い皿に乗るのはフォンダン・オ・ショコラだ。ストロベリーにブルーベリー、オレンジが添えられたそれにナイフを入れると、とろりとチョコレートが溢れ出る。フルーツと一緒に口に運ぶと、ほろ苦さと甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。
 それはまるで、今の自分の気持ちのようだと思いながら、実乃莉は味わっていた。

 食事が終わると、また二階のテラスのある部屋に戻った。開け放たれていた窓からは潮の香りがふんわりと漂っていた。
 実乃莉は部屋にあるアンティーク調のソファに下ろされる。木彫り細工の肘掛けと脚にワインレッドのビロードが貼られた立派なものだ。
 その前の壁には大きな画面のテレビがあり、その周りをダークブラウンのボードが囲んでいた。

「まだまだ時間はあるな。映画でも観るか? 流行りものはないが昔のDVDなら置いてるはずだ」

 そう言うと龍はテレビボードに寄り扉を開ける。そこからDVDのケースをいくつか取り出すと、実乃莉の元に戻ってきた。

「あんまり興味なくて、知らないのばかりだけど。どれか観たいのがあればいいんだが」

 ソファの前にあるローテーブルに並べながら龍は言う。
 昔、と言うだけあって往年の名作と呼ばれるような、一度くらいタイトルを耳にしたことのあるものがそこにあった。けれど元々そうテレビを見るほうではない実乃莉も、内容は知らないものばかりだった。

「じゃあ……これ、見てみたいです」

 実乃莉がおずおずと指差したものは、有名な外国の女優が出てくる名作。ローマを舞台にしたその映画のワンシーンは目にしたことがあったが、通して見たことはなかった。
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