出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
九月も終わりに近い秋の気配を感じる太陽は、辺りを紅に染めながらビルの隙間を縫うように沈んでいく。代わって、暗い影を纏いだしたビルには星のように灯りが瞬き始めた。
「綺麗……」
遠くに広がる見たことのない景色に、実乃莉は感嘆の声を上げた。
『たまたま運良くキャンセルがあった』という湾岸エリアにあるラグジュアリーホテルのレストラン。その店で一番の絶景スポットはテラス席で、二人はそこで食事をしていた。
「だな。噂しか聞いたことなかったけど、想像以上だ」
龍は暮色に包まれている光景に視線を送るとしみじみとした表情を見せた。
結局、龍はあれ以上祖父の話をしなかった。人から聞くだけで心が騒つくほどなのだ。口に出すことすら厭わしいのかも知れない。
けれど気持ちも落ち着いたのか、いつのまにかいつもの龍に戻っていた。だから実乃莉もそれ以上尋ねることはしなかった。
「なんか……。帰りたくなくなるな」
景色に目を奪われたまま、龍がポツリと言った。
「えっ?」
深い意味はないと思うが、それでも驚き声を上げてしまう。そんな実乃莉に、龍は口元を緩め息を漏らした。
「期待した?」
「…………。揶揄ってますか?」
頰を染めた実乃莉が眉を顰めると龍はまた笑う。
「半分な。帰さないわけにいかないし。でもそれなりに理性とは戦ってる」
テーブルに肘をつき身を乗り出すと、龍は悪戯でも考えているような笑みを浮かべていた。
「そんなこと、あるわけ……」
龍が自分に対してそこまで思っているなんて考えたこともない。キスまではしたけれど、たったの一回きりで、それ以上を望んでいるなんて想像もできなかった。
「俺は実乃莉のことを子どもだなんて思ってない。でも、大事にしたいと思ってる」
愛おしいとその瞳が語っている。上気していく熱を感じながら実乃莉は思う。
この世でたった一人でも、自分を大事だと思ってくれる人がいる。そう思うだけで心の中が幸福感で満たされていた。
「ありがとう……ございます」
「お礼言われるような内容じゃないけどな」
戯けたように言って笑う龍に、実乃莉も笑う。
「ですね。でも、私が帰りたくないって言ったらどうしますか?」
冗談のつもりの一言に、龍は焦ったように頰を紅潮させた。
「実乃莉⁈」
こんな表情を見られるのは自分だけだと思いたい。照れた表情の龍に、実乃莉は「すみません。ちょっと揶揄いました」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「綺麗……」
遠くに広がる見たことのない景色に、実乃莉は感嘆の声を上げた。
『たまたま運良くキャンセルがあった』という湾岸エリアにあるラグジュアリーホテルのレストラン。その店で一番の絶景スポットはテラス席で、二人はそこで食事をしていた。
「だな。噂しか聞いたことなかったけど、想像以上だ」
龍は暮色に包まれている光景に視線を送るとしみじみとした表情を見せた。
結局、龍はあれ以上祖父の話をしなかった。人から聞くだけで心が騒つくほどなのだ。口に出すことすら厭わしいのかも知れない。
けれど気持ちも落ち着いたのか、いつのまにかいつもの龍に戻っていた。だから実乃莉もそれ以上尋ねることはしなかった。
「なんか……。帰りたくなくなるな」
景色に目を奪われたまま、龍がポツリと言った。
「えっ?」
深い意味はないと思うが、それでも驚き声を上げてしまう。そんな実乃莉に、龍は口元を緩め息を漏らした。
「期待した?」
「…………。揶揄ってますか?」
頰を染めた実乃莉が眉を顰めると龍はまた笑う。
「半分な。帰さないわけにいかないし。でもそれなりに理性とは戦ってる」
テーブルに肘をつき身を乗り出すと、龍は悪戯でも考えているような笑みを浮かべていた。
「そんなこと、あるわけ……」
龍が自分に対してそこまで思っているなんて考えたこともない。キスまではしたけれど、たったの一回きりで、それ以上を望んでいるなんて想像もできなかった。
「俺は実乃莉のことを子どもだなんて思ってない。でも、大事にしたいと思ってる」
愛おしいとその瞳が語っている。上気していく熱を感じながら実乃莉は思う。
この世でたった一人でも、自分を大事だと思ってくれる人がいる。そう思うだけで心の中が幸福感で満たされていた。
「ありがとう……ございます」
「お礼言われるような内容じゃないけどな」
戯けたように言って笑う龍に、実乃莉も笑う。
「ですね。でも、私が帰りたくないって言ったらどうしますか?」
冗談のつもりの一言に、龍は焦ったように頰を紅潮させた。
「実乃莉⁈」
こんな表情を見られるのは自分だけだと思いたい。照れた表情の龍に、実乃莉は「すみません。ちょっと揶揄いました」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。