聖人君子のお兄ちゃんが、チャラ男になったなんて聞いてません!
「うん。本当は釣り用の虫の方がいいんだけど、橋本、虫はさすがに嫌だろ?」
「う…。虫はちょっと…。」
菜々がそう言うと、福井はニヤッと笑って言った。
「だろ?まあ、釣れれば何使ってもいいんだし。とりあえずこれでやってみよ。で、投げ方は…」
そう言うと、福井は菜々に釣り竿を持たせ、菜々の背中側に回ると、後ろから手を回してきた。
――…え?近くない!?
釣り竿を握る菜々の手に福井の手が重なる。
体もほぼ密着している状態だ。
菜々は、一瞬にして嫌悪感を抱いた。
釣りどころではない。
「あ!ごめんな。手が当たっちゃったな。」
菜々の気持ちに気付いてはいないようだが、福井は、あははっと笑いながら、パッと手を離した。
同時に、福井の体も菜々から離れる。
離れてホッとしたが、同時に嫌な記憶も蘇ってきた。
中学時代。
菜々とどうしても付き合いたいという男子の押しに負けて、付き合ってみた。
一緒に下校している途中で、いきなり距離を詰めてきて手を繋がれた瞬間、嫌悪感を感じた。
『やめてっ』
そう言って咄嗟に手を振りほどいた。
『何?付き合ってるのに手も繋がせてくれないの?』
そう言うと、彼は菜々に目もくれずに踵を返して帰っていった。
あの時に抱いた気持ちと似ている。