聖人君子のお兄ちゃんが、チャラ男になったなんて聞いてません!
幸い、中には誰もいなかった。
矢嶋も、一緒に部室へ入り、鍵をかける。
サッカー部の部室から、ぞろぞろと部員達が出てくるのが聞こえてきた。
「まじかー。相良がまさか彼女持ちだったなんてなー。俺も彼女ほしー。」
「中学からの付き合いなんだろ?しかも学年一可愛いって言われてたってまじかよー。」
「あんまり広めないでくださいよ?すぐみんな詮索したがるんですから…」
そんな声が近づいて、そして遠ざかっていった。
「…行ったみたいだけど?」
矢嶋はそう言うと、菜々の顔を覗き込んだ。
が、菜々はその場から動けなかった。
壁に背中をもたせかけ、しゃがみ込んで俯く。
矢嶋もその隣でしゃがんで、しばらく黙っていた。
「…彼女、いるみたいです。」
そう言って、菜々の方から沈黙を破った。
矢嶋は、チラッと菜々の方を見て「橋本ちゃんの好きな人に、彼女がいるってこと?」と尋ねた。
菜々は俯いたまま、コク、と頷く。
「そっか。」
矢嶋はそう言うと、しばらくしてから静かに言葉を発した。