聖人君子のお兄ちゃんが、チャラ男になったなんて聞いてません!


「…奪ったら?」


矢嶋から出た言葉が意外で、思わず菜々は顔を上げて矢嶋を見つめた。


矢嶋は遠くを見つめていたが、菜々の視線に気づくと、菜々の方へ顔を向けて、そのまま言葉を続けた。


「本当に好きなら、奪っていいと思う。俺ならそうするけど。」


いつも優しいオーラを放っている矢嶋からは想像できない、まさかのアドバイスに、菜々は戸惑った。


「…そんな、奪うなんて。できないです。」


「なんで?」


「なんでって…それは…」


菜々はそこまで言って、ふと思った。


――できないって、なんでだろ。フラれるのが怖い?奪い取れる自信がない?それとも…本気で好きじゃない?


答えが出せず、黙っている菜々に、矢嶋が言った。


「結婚してるワケじゃないんだし、諦める必要ないと思うよ。前も言ったろ?話す機会を増やせば、橋本ちゃんの良さに気付くはずだって。その上で好きだって気持ちを伝えたら、十分、奪い取れるよ。もし、それで気持ちが傾かないようなら…」


そこまで言うと、矢嶋にしては珍しく、やや冷たく言い放った。

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