絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 マティアスの低く張りのある声が、屋敷のエントランスに響き渡る。
 カールがビクッと体を震わせた次の瞬間、マティアスはつかんでいた手を離して、そのまま優雅に自身の胸元に手をのせ深々と頭を下げる。

「失礼。最愛の妻の家族をいきなり罵倒され、頭に血が上りました。なにしろ野良犬ですので、しつけが行き届いておらず申し訳ありません」
「――ッ……」

 慇懃無礼なまでの謝罪を見て、カールは何度か口をパクパクさせたあと、

「こっ、この無礼者めがっ!」

 と吐き捨てるように言い放つと、むしゃくしゃしたのか侯爵家のドアを蹴り上げ、待っていた馬車に乗り込み屋敷を出て行った。
 馬車が敷地を完全に離れて、エントランスの緊張した空気が少しだけ緩む。

「――はぁ」

 マティアスは大きなため息をつくと同時に、腰に両手を当てて目を伏せた。

(やっちまった……)

 この場には侯爵家に仕えるメイドや使用人がいて、マティアスの野蛮なふるまいを茫然とした様子で見ていた。
 せめてフランチェスカの身内の前では紳士的に振る舞いたかったが、後悔先に立たずである。

「侯爵夫人、申し訳――」

 とりあえず謝ろうと、謝罪の言葉を口にしかけた次の瞬間、
「まぁっ、なんて素敵なの!」
 侯爵夫人は瞳をキラキラと輝かせながら、声をあげた。

「はっ?」
「みんな、今のご覧になって? まるでお芝居を見ているようだったわ! 私、お姫様にでもなった気分よ~っ!」

 侯爵夫人はメイドたちを見回して、はしゃいだように声をあげる。するとメイドたちもわ――っと一斉に集まってきて、マティアスたちを取り囲んだ。

「ですわですわ、スッキリしましたわ!」
「あたし、ケッペル侯爵って、前々から感じ悪いって思ってたんですっ!」
「同じ女王陛下の孫だというのに、ジョエル様のほうが国民に人気があるものだから、ずっと嫉妬してこそこそ意地悪していましたよねっ!」
「マティアス様に腕をつかまれて、お顔を真っ赤にしてプルプルしていたの、正直言って最高にすっきりしました!」
「ほんと、ザマァですわっ!」

 彼女たちは次々にケッペル侯爵がいかに小さい人間かということを並べ立てた後、侯爵夫人をかばったマティアスを尊敬の眼差しで見つめ始めた。
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