絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「あぁいや……出過ぎた真似をしてしまって……」

 思わぬ態度にじりじりと後ずさるが、メイドたちは「かっこよかったですっ」と瞳を輝かせつつ、その分グイグイと迫ってくる。
 照れくさいが、彼らはマティアスが『荒野の野良犬』と呼ばれていることを知らないのだろうか。
 そこで脳内にふとフランチェスカが浮かんだ。

(どうやら彼女の物おじしない態度は、ヴェルベック家の家風なのかもしれないな……)

 そういえばあの男は、兄妹と話したと言っていた。
 いったいなんの話し合いが行われていたかはわからないが、ああも激高するような内容だったのだ。
 まさか本当に暴力を振るわれていないだろうか。急に不安になった。

「その……失礼。フランチェスカの様子を見に行ってきます」

 ぺこりと頭を下げてメイドの輪を抜けると、カールがきた廊下に向かって走り出していた。




 カールと入れ違いにやってきたマティアスに抱き寄せられ、彼の腕の中にすっぽりと収まったフランチェスカは、戸惑いながらもそのまま顔をあげる。

「フランチェスカ。大丈夫ですか?」
「はっ……はい。その……大丈夫です」

 現金なものだが、マティアスが自分を心配してくれているとわかると本当に『もう大丈夫』という気になってきた。

(マティアス様は私の守護天使だわ)

 そんなことを考えていると、マティアスは傷がついていないか確かめるように、フランチェスカの頬のあたりを指の背でそうっと撫でる。まるで猫にでもなったような気分だが、嬉しいのでそのままでいた。

「ジョエル、なにがあったの?」

 そこに母――エミリアが遅れて応接間に入ってくる。

「そうですね……。このことはマティアス殿にも話しておかないといけません。座りましょう」

 ジョエルのその一言で、改めて母を含めた四人でテーブルを囲む。
 そこからあらかたの話を聞き終えたところで、隣に座っていたマティアスがどこか渋い表情をしていることに気が付いた。

「マティアス様?」

 いやな予感がして呼びかけると、彼は軽く息を吐いてフランチェスカの顔を見つめる。

「――本当にそれでいいのですか?」
「え?」
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