絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「さきほどの侯爵の態度はいったん横に置いておいて、王太子妃つきの女官として出仕するのは悪い話ではないでしょう。もう少し考えた方がいいかと」

 彼は至極まじめな顔をしていたが、なんのていらいもなくきっぱりと言い切るマティアスの言葉に、フランチェスカは茫然としてしまった。
 ここまで丁寧に積み上げていた彼への思いが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちるような、そんな気持ちになる。

「どうしてそんなことをおっしゃるんですか……?」

 フランチェスカは震えながら尋ねていた。

「どうしてって……」
「いやですっ!」

 フランチェスカは叫んでいた。それを見たマティアスが驚いたように目を見開いた。
 そんな反応を想定していなかったと言わんばかりの表情だ。

(どうしてそんなお顔をするの……?)

 フランチェスカは唇をぎゅっとかみしめる。
 勝手ではあるが、女官を断ったことを、マティアスは喜んでくれるのではないかと思っていたのだ。
『シドニア花祭り』のために奔走するフランチェスカを、マティアスはいつも褒めてくれていた。

『俺もあなたみたいな人にはすこぶる弱くて……好きですよ』

 そう言ってくれたのはマティアスなのに。フランチェスカはあの言葉だけで、千年も寿命が延びるような気がしたくらい嬉しかったと言うのに。
 どうして今、『考え直した方がいい』だなんて自分を切り捨てようとするのか、突き放そうとするのか意味が分からない。

(全部、嘘だったってこと……?)

 胸の奥がひんやりと冷たくなって、ぶるっと体が震えた。

「――私が邪魔なんですか!?」

 突然のフランチェスカの冷静さを欠いた発言に、その場にいた全員が驚いたように目を見開いた。
 しまったと思ったが、一度口にした言葉は取り消せない。

「フランチェスカ……?」

 マティアスが驚いたように目を見開いたが、フランチェスカはさらに言葉を続ける。

「だって、そうでしょう!? 女官になったらシドニアで暮らせないのに! マティアス様のお手伝いだってできないのに……! 私なんかいないほうがいいってことじゃないですか!」

 腹の奥からぐうっと込み上げてくる不安、不満、戸惑い。
 そして自分なんか――といういじけた気持ちが、腹の底から汚泥のようにあふれ出してくる。
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