絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 胸の奥がザワザワする。女の勘とでもいうのだろうか。フランチェスカの心の奥のなにかが、見逃せないと告げていた。
 先ほどのダニエルは『個人的な請求書』と言い切ったが、請求書はすべて数日前に行った王都の仕立て屋からのものだった。フランチェスカに覚えがないのだから、だとすると一緒にいたマティアスが別に頼んだものと考えるのが普通だ。
 そしてテーブルの上のポポルファミリーを手に取る。

「これも……?」

 そもそもマティアスが立ち去った後に足元に落ちていたのだから、彼が落としたと考えるのが自然ではないか。
 王都で女児に人気のポポルファミリー。
 そして裁縫道具とドレス生地。
 無関係だと思っていたそのふたつが絡み合い、たったひとつの結論に向かって、心臓がバクバクと鼓動を打ち始める。

「まさか……」

 ぽつりとつぶやいたところで、
「お嬢様、クッキーを焼いてきましたよ。おやつにいたしましょう」
 そこにダニエルと入れ違いにアンナが姿を現し、のんきに声をかけてきて。硬直しているフランチェスカを発見し、目をまん丸にして慌てて駆け寄ってきた。

「どうしたんですかっ、お顔が真っ青ですよ!」
「アンナ。私、ど、どうしよう……」

 背中をさするアンナの顔を見た途端、感情をせき止めていたなにかが、決壊してしまった。
 フランチェスカの瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。

「マッ、マッ、マティアスさまには、愛人どころかお子様がいるかもしれないっ……!」
「えっ、ええええええ!?」
「どうしようっ……わた、私っ……うっ、ううっ……うえぇぇん……」

 両手で顔を覆い、子供のように泣き出してしまったのだった。




 アンナは堰を切ったように泣き出したフランチェスカが、とぎれとぎれに説明する言葉を聞きながら、なんとか意味をくみ取ったようだ。

「なるほど……。お嬢様が知らない請求書と、旦那様が落としていったポポルファミリー人形から、旦那様には秘密の妻子がいらっしゃるのでは、と思ったわけですね?」
「ヒック、グスッ、そ、そうよっ……だって、そうとしか考えられないじゃないっ……」

 目の前に立つアンナのエプロンで涙をぬぐいながら、フランチェスカはこくこくとうなずく。
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