絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「勿論、今は『シドニア花祭り』を何よりも優先しなければいけないけど……」
「そうですか……はぁ」
アンナはため息をつきつつも「それでお嬢様の気分が楽になるなら、そうしましょう。私も手伝いますよ」と同意してくれた。
さすがフランチェスカの扱い方がわかっている、腹心の侍女である。
「それでもし万が一、本当に愛人と御子がいらっしゃったら、どうするおつもりなんですか?」
フランチェスカの脳内に、美しい女性が裁縫をするそばで小さな女の子が人形で遊び、マティアスがそれを見守っている場面が、当たり前のように浮かんで胸が締め付けられる。
気を緩めたらまた涙が出そうになったが、なんとか必死に唇を引き結び嗚咽をこらえた。
「――わから、ない、わ……」
「正妻なら、愛人を領地の外に追いやることもできますよ」
「そんなことしたら、マティアス様に嫌われてしまうじゃない」
たとえ報われない片思いでも、嫌われたくない。好きでいさせてほしい。
フランチェスカは首を振って涙をぬぐい、それから顔を上げて窓の外を見つめた。
風に混じってちらちらと雪が降っている。
先日訪れた王都には春の兆しがあったが、シドニアはまだ冬がちらついている。
(いっそものすごい大雪でも降ってくれたら、マティアス様をお屋敷に閉じ込められるのに)
我ながら恐ろしいことを考えると思ったが、燃え上がる恋心の前には、そう願わずにはいられないのだった。