絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「王都ではつまらない駄々をこねてしまって、ごめんなさい。あれからいろいろ考えて……王太子妃の女官の件、考え直そうと思っているんです。本来、私のような箱入りには縁遠い、夢のような機会でもありますし……。その、こういった選択ができるのも『白い結婚』をご提案くださったマティアス様のおかげです。感謝しています。ありがとうございました」

 胸の奥でくすぶっている感情をマティアスに気取られないよう、フランチェスカは精一杯の理性をかき集め、優雅に微笑んだ。
 どれほど辛いことがあったとしても、他人に悟られないように本心は心の奥底に隠して、笑みを浮かべる。
 社交界とはほぼ無縁に生きてきたフランチェスカだが、この程度はやり遂げられる。
 これでマティアスもきっと肩の荷が下りたことだろう。

 そんな思いでにこりと微笑みかけたのだが、とうのマティアスは凍り付いたように表情を強張らせたままゆっくりと立ち上がった。
 なんだか様子がおかしいが、彼の表情の意味がわからない。

「マティアス様……?」

 いったいどうしたのだろうと、半歩足を踏み出して、マティアスを見上げる。

 その次の瞬間、
「あっ……!」
 急に上半身を抱き寄せられ、バランスを失ったフランチェスカの体はマティアスの腕の中にすっぽりと納まってしまった。

「っ……」

 頭ひとつ分以上背が高いマティアスに抱きしめられると、自然と踵が浮いてしまう。

「あ、あの……?」

 好きな男性に抱きしめられて、ときめかないはずがない。これ以上好きになってしまったら自分が辛いだけだとわかっていても、それでも彼を心が求めてしまう。
 理性は離れるべきだと語りかけてきたが、フランチェスカは指一本動かせなかった。

「――」

 けれどマティアスはなにも言わなかった。フランチェスカが顔をうずめた首筋から、かすかに火薬の匂いがする。領主になった今でも、訓練は欠かさないらしい。王都の貴族たちからは強い香水の匂いしかしないが、今はこの香りを懐かしいとさえ感じる。
 このくらいしても今は許されるだろうかと、フランチェスカは、おそるおそるマティアスのたくましい背中に腕を回した。

「マティアス様……『シドニア花祭り』絶対に成功させましょうね」

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